たべられません、はたべられますの続編になっています。子供の頃お菓子にはほぼたべられませんの小袋が入っていて、これは世の中の縮図だみたいな事を話てました。
昭和58年3月養護施設を18歳で卒園した僕は、中村という担当だった先生に車で送られ会社の寮に到着する。同じ石川県内だが金沢市の間明町、中心地の片町や香林坊からは少し離れている。広い駐車場があって1階には寮母の暮らす部屋、トイレがあり黒電話が置いてあった。奥にはキッチンと食堂があり、20名程なら同時に利用出来る広さであった。2階が寮生の部屋が6部屋だったか、トイレに浴室といった2階建てなのである。ベッドでは無く布団を敷いて寝る。軽く先輩方に挨拶し、次の日から早速入社前の雑用を手伝う事になっていた。決まった時間に食堂へ降りて朝食を食べ、教わった道を徒歩で10分程で会社に着くともう1人いた。2人で簡単な作業をこなし昼になったので持たせて貰った弁当を食べるが、当時注目されていた3段式保温の出来る味噌汁付きなのであった。もう1人相川くんも親に用意して貰ったろう食事を共にし、当然の様に差し障りの無い会話を交わす。家が近い理由から入社前に手伝い作業を了承したという。何日目かには家にも招かれ気が合いそうだと思っていたが、入社後に腰を痛めて職人を諦めた彼は営業部に移動して馴染めずに辞めて行った。そうなるとは知らず、夜は先輩達と部屋に集まって語り合える環境である、さあ始まるぞタイル職人の道。
今年度新寮生は3名、通勤者で2名なのである。女子も同期入社がある、金沢はもちろん珠洲市出身の女性がいて受け付け候補や各部署に配置される。入社式は形だけのもので終え、寮で歓迎会が行われる。酒肴である、会社の専務がやって来て声を掛けてくれる。短い挨拶の後に乾杯で始まるのだが、僕がみすぼらしく映ったのか「おい、飲むか食べるかどっちかにしなさい」とみっともないと叱られる。育ちが悪いもんで以後気をつけます。専務と社長は弟と兄で派閥というものがあると知るが、僕は相談があれば誰にすれば良いのだろう。養護施設を出たばかりの僕は不安を考えない様にしていた。
僕ら職人見習いには、先生として担当の職人がつき1年間指導を受ける事になる。今年の担当は中本さんといい、子供が2人いる年代の方である。顔を合わせて覚えていないようだが、僕はすぐに思い出す。園の工事の時ラジオを流しながら作業してたもので、「おーっ、ドカベンにゃまた打ったぞ」と叫んでる人がいるので見ると現在の中本さんなのであった。浪商の香川選手のホームランの事だな、職人仲間でも人望があり、現場の責任者を何度も経験して会社の株主でもある。職人として認められれば収入は安定するし会社は終身雇用だ、よく学び現場で働ける様に頑張ろう。
ザベストテンにて、トムキャットの息継ぎを洗面器に顔を埋めて体験する映像を観る。ひょうきんベストテンと変わらないじゃないか、ひょうきん族は良かったなあ。日曜の午後はワールドプロレスリングからのさんま大先生だ、そのうちスーパージョッキーに代わる。おニャン子クラブからの鶴ちゃんのプッツンファイブだ、楽しいなあ、洋楽では黄金期到来の期待。愛読書のロッキングオンを読むよ、ブライアンアダムスはロック界の駒田だと書いてある。ルースターズのインタビューでバイクが欲しいけど経済的にね、とある。どうゆう事。自分のヒントになりそうな本を感で読んでみる、フロイトの夢判断。人間の性に関しては紐付け出来るけど、長年苦しむ夢のヒントはお預け。手相を見てみる、これも宇宙ではないのか、父親が易者をしてたというのは本当だろうか。同時にヤクザだった世界も存在するんだろうな。
案の定というか想定通りというか、皆が自分の車を持っていて休みの日は自宅へ帰ったりしているのだ。どうしよう、誰かに相談出来ればなあ、そんな事知るか、中古車センターへ行きローンで白いスプリンターを即決で買う。生活に必要だろ、だけどガキが個人で買い物をすれば代償とやらが後にやってくる事は知る由も無い。詐欺業者に個人情報渡したろ、それしか無い。独断で決めるガキのカモ、押せばなる。そんな世の中のズルさなんて希望に満ちて暮らしてる僕に予防なぞ出来ようか、こんな事があるから気をつけろと聞いた事も無い。車を得た僕は連休等お金を使い過ぎたり、寝てばかりというわけにもいかないので園を訪ねる。中村がもう話しても良いだろうと、どんな立場で言ってんのか「片山津温泉で大火事があって、その後に君の母さんはいなくなったんだぞ」。そのまま受け取れば、放火の犯人で逃走中ですと言いたいのかな。こんな心のさもしい奴は知らん、さて中学生の部屋へ、夏休みなのに伊奈メシ小僧と海老ろうがいるぞ。
かつて卒園したオクチョーがアイスを手にやって来て、「お前ら食え、堂々と食え、もし先生に文句言われたらこう言え、奥村君にアイスリクー貰いました」。長い台詞の割に最後はアイスリクーとなもし、僕は伊奈メシ小僧の定岡くんにおっ伊奈メシ小僧、伊奈メシ美味いか、うんとつい聞いてしまう。すると彼は「なんだ伊奈美園小僧、伊奈美園好きか、うん」と返してくる。声変わりした中学生なのであった。いつもジャージ姿のおしゃれとは縁は無いが顔立ちは綺麗な若い女の先生が「こらっ先輩になんて事言うの」、と叱る。中学男子に女の先生か、逆にいいかもな。アイスを先生と4人で食べ、これが最後になるだろう僕は2人に順にハグをした。いやそうに体をよじるが強く抱きしめた、何も言わん最後のメッセージなんだ。なぜか2人は何処かへ行き、女先生と2人になるが、いつの間にか彼らのベッドに横向けにこっち側の態勢で昼寝を始めている。見ると綺麗な顔だな、というか無垢だ。つい顔を近づけキスしようか迷う、またかいすんでの所で出来ない、先生起きてたんでしょ。
昭和59年の金沢市間明町である。近所に高校の同学年清水が1人暮らしをしていた、3食心配の無い僕に比べどの様な暮らしなのか。逆に必要な経験を早く済ませると考える事も出来る。彼とサウナに行き、1人でも行ける様になる。県道沿いに大きなパチンコ店が2店舗ある、この世界も黄金期突入なのである、長らくその幻想を追いかけてしまう事になる。その県道沿いに小さなカレーハウスに隣りはゲームセンターの造りの建物がある。定者くんが訪ねてきて2人で食べた、多くは語らない。わかるんだ2人とも、定者くんとはこれが最後になる。
ある夜、ゲームセンターで1人で時間を潰してると「おい兄ちゃん金貸してくれ」。と凄まれる、んカツアゲとやらか、いいえ恐れなどありませんよ。何の為にいつも殺されそうな夢を見ているのか、こういう場面の為だ。「終わるまで待ってて、すぐだから」、無いと答え裏まで顔貸せとの問いに対する答えだ。「お前敦賀のもん舐めてんのか」と大声で叫んでたなあ。僕はすっくと立ち上がり何人いるか確認する、すると凄んでた奴は「お前マジかこっちは10人からいるんだぜ」。知るか、隣で仲間の1人が面倒臭そうに諭す、「やめようぜ」、「お前いいな、これから片町で暴走やから一緒に来ないか」と。出て行って貰った暴走族に代わって隣のカレーハウスの店員の子が急いで様子見に来て不思議そうにしているのであった。
女性経験は済ませていた。片山津温泉出身なんだぜ、想像を大きくして妙な事になるのもいやだった。金沢のディスコバナナボートで知り会った橋本さんとそういう仲になる。加賀高の上級生で休日の人が居ない寮で、彼女も初めてでは無い。間明町に和泉姉妹が住んでいて、職業は花嫁見習いという同年代の姉と親しくなる。夏祭りの花火の帰りそういう場面になったけど、初めての彼女が痛がるので今日はここ迄。「ねえ待ってよ」と追いかけてくる彼女と歩いてると、父親と歩くカレーハウスの可愛い子とすれ違い、ジッと視線を感じるのであった。
夜になると考え込んでしまうのは変わらずだ、睡眠が充分で無いと仕事には体力も必要になるし、セメント40キロを運んだりもする。ついつい寝酒が習慣となるが熟睡は出来ない。社会人になったからとて長年の睡眠習慣は変えられない、その頃から自分では気付かないイビキが大きくなってたろう。停車してる車によそ見運転で衝突する様な憎めない先輩の竹中モッコリさんとディスコへ行く。先輩、ねえ先輩ったらと体を寄せてくる女子が有る。見ておお、何々ちゃんかと大声を出しそうになって控えた、彼女は大根屋さんだったのである。大坂屋さんもいて1つ下さいとか悪い事言ってすみません。
出張とやらにも行った、広島市である。修学旅行の長崎といい、少年の船の沖縄といい神はしかと自分の目で見よ、と言う。そして行きの高速道路での大スリップから命を守るのである。広間に布団を並べ集団生活、休日には原爆資料館や宮島に行く。地方局のテレビコマーシャルで、やっぱりパブならほとんど病気、やっぱり行くならほとんど病気と流れる、何のこっちゃ。この地のディスコに1人で行くと、知らないお兄さんに踊り方を教えて欲しいと頼まれるのであった。
長州病院送りと大きく見出しのある中京スポーツと弁当を持参し現場に着く。道具は既に置いてあるのだ。朝のお知らせでヤズーのオンリーユーが拡声器から流れる、最高かよセンスいいな。体操の後建設会社の人から安全講習か、ボードに簡単な絵を描き、高所作業らしき足場に立つ人を見せ、さて安全の為に足らないものがありますね、と問う。命綱だろうと皆が思う。手も上げないで定年間近の板屋職人が声を上げる、「何だ道具持ってないじゃないか、どうやって仕事するんだ」。ごもっとも、面倒臭そうに絵を描き足しさて、という光景も笑い必死だ。ウドという職人は酒の飲み過ぎで1日中寝てる、寝かせとけと周りの職人も言う。癲癇の発作を起こす職人がいる、慣れているのか口に何か噛ませ対応する。職人同士の小競り合いもある、嫌いでは無いのですよむしろ楽しい。
大型連休前だとか、忘年会、新年会と催しがある。参加しなかったが出来て間もないディズニーランドツアーも企画された。職人達と片山津温泉旅館に行き、女性をを観てまた竹中先輩がよだれを垂らして浴衣から一物を突き出している、モッコリの面目躍如。さて新年会の余興で普及しだしたカラオケ機器で、さあ参加して下さいと呼ばれる。ここで津軽海峡冬景色はないでしょう、しょうがないなあ歌は苦手だけど行くか。前奏の部分で「13番なんてったってアイドル」、とのど自慢もどきをかまし歌う。司会者が、いやあ最近の若い人は新人類と言われますけど積極的ですねと言うのだ。
淑子ちゃんに電話をしてみる。今なら外でのデートも出来る。もう同級生とつきあってるとの事、うん、それがいい、そうかとだけ返すのだ。なんだかほっとした、サヨナラを言わず消える結果にならなかった。寮での夕暮れ時に和泉ちゃんが通るのをやり過ごそうとしたら、近ずいてきて「何よ、もう」とはたくのだ。うん、うんとうろたえる僕、し、まった。職人の谷地さんに見られたぞ、にっこりと笑顔だ。数日後谷地さんは亡くなった。工期を合わせる為朝早く現場に向かい夜は残業の最近であった。不思議に涙は出ない、結婚予定の女性のお腹は大きくなっているのである。運命とは何だ、ニュースでも事故死や有名人の病死が溢れる。何故僕は生きているんだ、第1候補に選択されるべきでないのか。時代もあるだろうけど、中学以降身体測定はあれど血液検査からの健康診断など経験した記憶が無い。心の問題こそあれ、大きな怪我も病気も無い現在であった。
ある日寮の黒電話に僕あてに連絡だという、出ると、おめでとうございますから始まって会場は混雑してるけど一度話をさせて下さいと言われるのだ。行ったらアウトの案件。行ってみると客なんか居ないのだが、悟れるものでは無い。詐欺に遭うのだ。松本と名乗る若い男は、研修があってハワイに研修に行きましてね、チョコレートどうぞ、なんて会話から入り巧妙にサインを求める。では後日ではなく、場所を変えて喫茶店でとなるが、張り込みの刑事よろしく客に扮した上司数名が様子を伺う。雪の降り続く夜、早く寝ないと仕事がある。僕は根負けという形で言われて持って来ていた判を押す。張り込みの大人達が立ち上がり握手を求める、「おめでとう」なんて言う。確か幸運により関東関西では使い方が違うがカードを使えば考えられないサービスが受けられるというものだった。どうすれば良かったのだろう、後日英語教材とそれを観る為のビデオデッキが送られてくるのであった。
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その後僕は仕事に行けなくなった。確かに詐欺に遭ったが、それ自体は背中を押すきっかけであり、タイミングが合ってしまったのだ。伊奈美園の中村が、俺が話してやると意気込み2人で詐欺会社に乗り込むも、怒鳴り返されて何も言えないのだ。支払いが心配なら佐川急便紹介するぞ、と会社の責任者らしき者は言う。すぐ降参の中村。何の極みだねこれは、園でさんざん偉そうにしてた彼は全くの無力であり約立たずだ。だから言ったろう、アルバイトでも何でも経験してお金や社会について学ぶべきだったんだ。
会社の人から随分と説得を受ける。希望に満ちてこれからだという時期に辞めるのである。話はしますよ、こんな悩みがあると。けれど相手にしては意味不明、理解不能なのである。詐欺の事は話さない、これは自分でかたをつける。待てど来なかった母さんの事もあり、僕はこのままの暮らしでは、自分が自分で無くなると確信があった。まわりに合わせて死んだ魚の目をして生きて行くのか、あきらかにまわりと違うのである。ザモッズのトゥーパンクス、ハマースミスとやらには会えなかったが自分の心の声だったのかい。2カ月以内に決める時なのだ。
とんずらでサラバというわけにもゆかまい。会うたびシャネルNo.5で鼻詰まりの僕をその気にさせた彼女の橋本さんに向き合って本音を伝えた。「東京に出て自分を試してみたいんだ」。工場勤務の彼女は涙して認めてくれた、信じてくれ、この言葉は嘘では無い。間明町の和泉ちゃんにも向き合った、強烈なビンタで送り出されるのである。会社にも挨拶に行き専務の部屋で言葉を貰う、「お前なんか園長先生に頼まれたからなんだよ、どうせこの先泥棒、ヤクザ、乞食になんだろ」。誤解しないで欲しい、真実なのだからむしろ感謝である。
それからの僕はたくさんの人に恩を受け、そして迷惑をかけた。死ぬ場面があれば受けるだろう、フリはもう御免だ。判断基準が死ぬ位ならやってみて、それでも駄目ならになっていた。辞めたら出てゆかねばならぬ、ワンクッションが必要だった。とある電気量販店で今後成長しそうな会社に受け入れられる。会社の人達はあざ笑う社風の人達で嫌な思いで続けられない。勤務先に中橋タイルで同期の田中あきらが訪ねてくる、辞めた動機を教えて欲しいとの事。職人中本師匠に頼まれたそう。彼にいつも「ホワッツユアネーム」と聞けば「マ、マ、マ、マイネームイズアキラタナカ」と答える、何度聞いても何度答えるのである。アキラタナカにさちあれ。
僕は今度こそはとんずらだ。ビデオデッキを質屋に買い取って貰ったら、最近同じ物を持ってくる人が多いという。酷い話だ、急ぎ働きで奴等もとんずらだろうな。車は買った所兼情報を売った販売店に引き取って貰う。サラバだ石川県よ、そして僕は記憶のある人達から去るのである。だけど確信はある、必ず記憶に戻ってくる、大変長らくお待たせしましたと言ってな。




