遊園地には特急が止まらないのが普通である
初投稿です!
ファンタジーですがあくまでラブコメです。
突然だが、普通でいることはいいことなのだろうか、悪いことなのだろうか。
これはあくまで俺の持論だが、俺は普通でいるということは長所だと思っている。
没個性的、などと表現されることもあるかもしれないが、言い方を変えればそれは周りと比べて劣っておらず、常識に守られているということだ。
平均的に生きてさえいれば、いずれは社会の軌道に乗ることができて、卒なく生きていける。
だから俺は普通に生きるということはいいことだと思っている。
普通から外れたことをしようと思ったら、途端に人生は不安定になる。
人生を賭けて勝負に挑まなければいけないかもしれないし、無意味になるかもしれないことに普通の何倍もの努力をしなくちゃいけないかもしれない。
おまけに、結果が出ない限りは普通に生きているやつらに馬鹿にされるかもしれない。
少なくとも俺―――枚方 要は普通の男子高校生であり、そんなリスクを負ってまで普通であることを拒絶しようとは思わない。
だが、同時にこうも思うのだ。
俺たちが心を動かされたり憧れたりするようなものは、いつだって普通だった試しがない、と。
小説や漫画を読んだり、アニメを見れば製作者の技術に感動する。登場人物の生き様に憧れるし、主人公のように激動の人生の果てに成功を掴み取りたいと思う。
――――例えばどうだろう。
もしも、なんてことない放課後。たまたま明日提出のレポートを学校に置き忘れ、それを取りにほとんどの生徒が下校を済ませた時間に学校に戻り、ささやかな冒険心で空き教室に顔を出してみたら、そこで可愛らしい毛糸人形たちが宴を繰り広げていたとしたら。
担任から鍵を受け取る際、「近づくな」と言われていた校舎から奇妙な青白い光が漏れていて、娯楽に飢えた現代人の野次馬根性が仇になった結果だ。
もしかしたら好奇心に負けて立ち入り禁止の校舎に踏み込んだ時点で、普通から片足分くらいはみ出してしまってたのかもしれない。
「~~~♪」
今俺の目の前では、青白く発光する不思議な糸で編まれた人形たちが、さらに不思議なことに自立して教室の中を駆け回っている。
ここが地元から遠くてでっかいほうの遊園地だったならば、その光景にも大した違和感は覚えなかったかもしれない。
だが目の前の光景は地元の小さいほうの遊園地ではありえないようなクオリティをしているし、それ以前にここはただの私立高校の校舎で…………まあ端的に言えばありえないというわけだ。
人間、いざ理解を超えた非現実的なモノに遭遇してしまったら、無意識に普通を求めるものなんだと思う。
昔に動画サイトでくじの高額当選の瞬間に放心してしまう人を見たことがあったが、今の俺の状態はそれに近かった。
そして何より、人形たちが楽し気に動き回る教室の中央。四つほど並べられた机のうちのひとつの席に腰かける少女がいた。
制服姿の少女は鼻歌を歌いながら机に向かい勉強をしていて、その様子はまるで童話の一幕を切り取ったかのようだった。
夜に盛大なパレードを見ていると吊り橋効果やらで特別な気分になってカップルがいいムードになるらしい。
かくいう俺も斜に構えて一人でパレードを見学していたら、急に知らない人に腕に抱きつかれ「すごいね」などとのたまわられて特別な気分にされたことがある。
それ以来パレードは見ていない。
そんな恐怖の実体験は他所に置き、今の俺の精神状態は前者。
――――俺は、目の前の光景にただ見惚れていた。
目元にかかる横の髪を耳元にかけ、傍らではマグカップに兎の人形がコーヒーを注いでいる。
白磁のような肌に、鴉色の艶やかな髪。この空間を構成するすべてが幻想的で、俺はらしくもなく一瞬は呼吸の仕方までも忘れてしまうほどに心奪われていた。
そして、この少女の名前は三栗 茉莉。
この私立天橋高校の二年生で、学校で有名な美少女。小中高一貫校であるこの高校のなかでも、繰り上りでしか入学できないと言われている特進コースに所属しており、そもそも彼女が言葉を発するところを見た者が少ないというほど寡黙な少女だ。
そんな彼女のことを俺がなんで知っているかといえば、それは彼女がまだ一年生の頃に起こしたある事件が関係している。
入学して間もない六月のとある昼休み。中庭で一人読書を嗜んでいた三栗に、しつこく話しかける男の先輩がいた。
その先輩はバスケットボール部の主将で校内でも有名なイケメン。今までに話しかけた女の子は大抵すぐに色の良い反応を返したが、彼女は違った。
ひと月ほどアプローチを続けても靡かないどころか反応すら乏しく、遂に痺れを切らした先輩は去り行く彼女の肩に手を伸ばした。
そしてそのとき、あろうことか彼女は振り返ってその先輩の股間に壮絶な蹴りをお見舞いしたのだ。
言うまでもなくその先輩は悶絶しながらその場に倒れ、さらに中庭はほとんどのクラスの廊下から見える位置にあり、更に授業前で廊下を歩く人が多い時間だったため、その様子を多くの人が見ていた。もちろん俺もその一人だ。
それ以来、先輩は女性を見るだけで悪寒が止まらなくなったそうな。
かくして彼女は天橋高のスマッシュクイーンと呼ばれ、学校内でもとりわけ異質な存在感を放っている。
そんな女王様はすっかり勉強に集中しており、扉についた窓の端からひっそりと様子を伺う俺のことなんて気づいていない。
例の先輩は大した度胸の持ち主だ。俺は少なくとも、この人形じみた無機質な美貌を相手に、見惚れこそすれど恋をしようとは思えない。
テレビで見るアイドルがいくら可愛いくても、本気で付き合いたいなんて思わないだろう?
それはつまり、身の程を弁えてるってことだ。
この三栗茉莉という少女は俺からすればそれほど別世界の住人だ。
まあ……状況から言えば比喩じゃなく本気で異世界の住人なのかもしれないが。
しかし、その状況は長くは続かなかった。はっきりと目が合ってしまったのだ。
三栗、ではなくその傍らの兎人形と。
兎の人形はアニメみたくビクッと跳ねて驚いた後で、慌てたように机に向かう三栗の服をぐいぐいと引っ張った。
「…………?」
まさか人形に知性があるとは思わなかった。というか、あまりに普通じゃなかった状況に俺は何も考えていなかった。
ただ、人形があまりに慌てたように見えたものだから、なんとなくまずいことをしている気になって、反射的に俺はその場から逃げ出していた。
多分、犯罪者が逃亡するのもこんな感じの心理だと思う。
「…………っ誰?!」
物音で三栗も気が付いた様子で、教室から鋭い声が飛んでくる。
よくよく考えたら、居残りしている女子生徒を影でちらちら覗いてるとかあまりにもキモすぎる。
あんな声だったんだな。
俺は去り際に聞いた凛とした声を思い出しながら、素早く階段を駆け下りた。
次のお話はお昼12時に更新します!
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