第69話 呪い
木葉は深夜の病棟の無人の廊下を駆ける。
細い廊下をでたらめにいくつか曲がった先、誰もいない病院のロビーに辿り着いた。
木葉は力なく待合のベンチにへたり込んだ。
色々な感情が渦巻く。
小さな女の子の声が脳裏にこだまする。だめだ、何も考えられない。
目を閉じるとあの日の花の顔を思い出す。
最愛の妹は最後どんな表情で私を見ていただろうか。彼女は自らの死と引き換えに双子の片割れの未来を紡いだことをどう思っているだろうか。
答えのない疑問が脳裏をめぐる。
だめだ、こんな気持ちのままでは私は戦えない。
突っ伏したまま、荒れる感情を必死になだめようとする。
すると小さく足音が聞こえてきて、やがて自分の前にとまった。
見上げると、足音の主は彼方だった。
彼方は静かに何も言わずに木葉の横に座った。
深夜の病院のロビーの冷たい時間が二人を包む。
やがて木葉が掠れた声で呟いた。
「…私は、何言われても大丈夫」
木葉は絞り出すように言葉をはく。
「私は、強いから、何を言われても平気。一人でも多くの人が助かるなら、私はこの恩恵をいくらでも使う」
木葉は間を開けて独白する。
薄暗いロビーの虚空を見つめた瞳が真っ赤に潤んでいて、今にもあふそうな涙が深夜の病棟の暗い光を集める。
「でも私よりずっと小さなあの子には、もう、父親は帰ってこない。殺したのは外敵でも、助けないことを選んだのはこの、私の恩恵なの」
木葉の可憐で大きな瞳から涙が溢れて頬を伝う。
涙に震えた声で木葉は力強くゆっくりと言葉を吐く。
「それでも、私は、負けない。私は誰になんと言われようとも、私にできることをする」
彼方は静かに「うん」と頷いた。
木葉が、彼方を見る。
栗色の美しい髪が薄暗く輝く。
頬を伝う涙が震える口元を濡らす。
細い肩が震えている。
彼方は静かにゆっくりと、傷ついたもの同士が労り合うように木葉の肩を抱いて抱擁した。
木葉は彼方の肩を強い力で掴み、握りしめる。
溢れる涙が止まらず、木葉の小さな嗚咽がロビーに響く。
「…こんなの恩恵なんかじゃない…」
木葉は涙でつっかえながら、耐えられない気持ちを吐き出す。
「…これは、呪いだ。こんな力は呪いだ。私たちは、呪われている…、なんで、なんで私たちなの…」
木葉は一気に吐き出すと後は言葉にならず、彼方の方をつよく握りしめて嗚咽する。
誰もいない二人だけの世界は木葉の涙で満たされ、溢れ出た嗚咽は病棟のコンクリートの壁に固く冷たい反響をさせた。
彼方はただひたすら静かに木葉を抱きしめた。
普段の勝気な様子からは想像できないほど華奢で小さな背中をさすりながら、彼方は特忌区域に取り残された小さな頃、たった一人で恐怖に震えていた夜、かつての自分も誰かにこうして背中をさすって欲しかったことを思い出した。
小さく震えるかけがえのない仲間の背をさすりながら、彼方は幼少の頃の自分の背中をさすっているような不思議な感覚を覚えた。
あの時自分はどうだっただろうか。
声を出して泣くことさえ、命を落とす恐怖からできなかった遠い昔の幼い頃。
なぜ、自分がそんな目に遭わなければいけなかったのだろうか。
震える背中をさすりながら、強い心を持った優しき目の前の友人を想う。
一体、どうして彼女が苦しまなければならないのだろうか。
答えのない問いが脳裏を離れない。
どうして、自分たちだったのだろうか。
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