第65話 深夜の手術室
丈二郎は黒服2名と2体の遺体とともに自衛隊メンバー6名で、特忌区域に侵入した時のエントリーポイントに転移して戻った。すでに大型の輸送用の車両が準備されていて、合流した浅野とともに台湾側に指定された高雄市内の病院に向かった。
磯前豪太や筑紫京子のチームもすでにエントリーポイントに戻っていた。
絢と横須賀クラス内で実力者でもある熊野が残って磯前チームに合流、台湾国軍と共同で外縁分の警戒と残党がりをすることになった。
浅野、聡明、丈二郎、木葉、そして木葉の付き添いとして彼方が輸送車に同乗した。
車内はひっそりと鎮まりかえっていた。
トラックの真ん中に遺体が入った袋が安置され、トラックの荷台をコの字型に取り付けれた座席に皆一様にくたびれたように座り込んだ。
もうすぐ深夜12時を回る。長い1日だなと眉間をもみほぐすと聡明は短く息を吐いた。
「懸命な判断だ」横に座った浅野が小さな声で聡明に伝えた。
「…僕じゃないですよ。本人の意思です」
浅野は「そうか」と息を吐いた。
「浅野さん、あんたにできる範囲でいい。あの子たちに何か起きそうだったら、守ってほしい」
聡明は自分でも意外なほど素直な気持ちを他のメンバーに聞こえないように小さな声で浅野に伝えた。
浅野はしばらく驚いたような表情をして聡明を見た。
「藤、俺だって子供を戦場に出すべきだと思っていない。本当は学校で友人に囲まれて部活とかやって欲しいんだ」
聡明は浅野と目が合う。いつになく真剣な表情で、どこか苦々しい気持ちを押し殺しているように見えた。
彼が本当の所思う事と軍人としてなすべき事とがあるなかで、自分が見えている面はこの男の一部かもしれない、と聡明は初めて浅野の本心に触れた気がした。
掠れる声で浅野が続ける。
「約束する。俺にできる事がなんなのかわからないが、できる範囲で俺はあの子らの味方だ」
車両が止まる。
輸送車の荷台を開けるとそこは高雄医大附属病院の急患搬入口だった。
手配されていた看護師たちが遺体を引き取ってストレッチャーに乗せていく。黒服たちも治療のために医療関係者に引き取られた。
「指示があったことは手配済みです」
台湾に到着した際に日米中にブリーフィングした台湾側の担当将校の黄も現場に到着していて浅野や聡明達を出迎えた。
「あぁ、すまないね。これから行うことは我が国の最高機密事項だ。人払いは厳重にな。絶対に医療関係者にも遺体を開けさせるなよ」
「警護の二人にも厳重に箝口令を敷いています。二人とも元軍属です。ご信頼ください」
黄が絶対に約束する、と言う表情で言葉を返した。
浅野以下自衛隊の5名は黄に先導されて病院の奥深くに案内されていく。
深夜の無機質なリノリウムの床に足音が響く。
フロアに人払いがされているのか極端に人がいない。
「ここです」黄が大型の手術室の前で立ち止まる。
「ご遺族はもうご到着されているか?」
「はい、奥のあの両側の部屋にそれぞれ別でお待ちいただいてます」
少し離れたところに二つドアがあった。
黄の説明では蔡鳳鳴秘書長の妻と長男、長女、そして楊安可常務の両親と妻とその子供のがそれぞれの家族ごとに部屋で遺体の到着を待っているらしい。
「ご用意ありがとう。ここから先のことは決して他国に漏らさないでいただきたい。これから行うことは台湾の利益にもなることかと思いますのでで重々御留意されたい」
浅野は改めて重たい言葉で黄を牽制する。
黄は無論、と言う表情で頷いた。
浅野は後ろに控えていた木葉に目線を送って「いけるか?」と言った。
「……はい。大丈夫です」木葉がゆっくりと前に進み出る。
「…こんな子供が本当に…」黄は信じられないという表情で思わず言葉を漏らした。
黄は失言したかと思ったのか「失礼」と言うと、深く木葉に頭を下げて手術室のドアを開けた。
ゆっくりと音もなくドアが開いた。
部屋の中央に少し距離を離して2台のストレッチャーが置いてある。
黄が進み出て遺体が入った袋を丁寧に順番に開けていく。
先ほどホール中心部で発見した蔡鳳鳴秘書長と楊安可常務の遺体がストレッチャーに並ぶ。
黄が木葉を見てゆっくりと後ろに下がる。
木葉は意を結した表情で2台のストレッチャーの間に進みでる。
緊張から血の気が引いた表情はいつもより白く、薄い唇を横一文字に強張らせている。ただ、強い意志のこもった目をしていた。
木葉はゆっくりと両手をそれぞれの遺体に掲げる。
やがて両方の手のひらの周辺にうっすらと白い光が集まっていく。
だんだん、光が強くなっていく。
木葉は瞳を閉じる。
木葉は心の中で念じる。
ー私の名前は白兎木葉。16才。適応者で分配の恩恵能力者。私のことを皆がなんと呼ぶか、知っている。天秤の魔女、だ。
ーでもこれは私の能力じゃない。
ー私の名前は白兎木葉。16才。私には双子の妹がいる。
ー彼女の名前は白兎花。私の妹が16才になることはもうない。
ー天秤の魔女、これは私たち双子の能力だ。
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