第61話 奇跡の子供②
彼方は突然、水たまりの中から現れた男に話しかけられて狼狽える。
周りの反応から見てもただモノではないのは伝わる。
なんと答えたらいいんだろうか、何かの得体の知れないオーラのようなものに当てられて、外敵ではないはずはのに恐怖から汗が止まらない。
横にいる木葉や熊野も動けずにいた、二人はファジャルとは全く異なるが、北九州で出会ったXと対峙した時に感じた根源的な恐怖に似た何かを感じていた。
震える3人を見て、意を決して隣にいた絢が彼方とファジャルの間にスッと入る。生唾を飲み込み、恐怖心を抑えて無理に優しく微笑むようにファジャルに話しかける。
「…うちの子たちに何か…用かな?」
「ん?用はないけど、不思議でねぇ。最近なんだか他の人の恩恵の事、よく感じるんだよねぇ。どうしてなんだろうねぇ」
絢はファジャルと対峙して、戦慄した。
目の前のファジャルとは『視線』が合っているけど『合って』いない。
絢を見ているが同じ人間として『目が合っている』という気がしなかった。
人間のようで人間でない何かの瞳の奥に言葉が吸い込まれてしまい、会話はできているが意思が疎通できている自信がなかった。
絢は不思議な直感を覚える。
これは、すでに『人』ではない。
人の皮を被った人ではない何かと絢は会話のような何かをしている。
例えるなら自分が路傍の蟻のような子虫で、たまさか見上げた人間と「目があった」と思い違うような、根源的な非対称性を感じざる得ない。それぐらい目の前の人物は自分と違う世界線の生き物だと感じてしまった。
そう感じた瞬間、絢は背筋が冷たくなった。
目の前の人物はかつては人間だったが、強大な恩恵を手に入れた事でその力に呑まれて人ではない何かになろうとしている、一瞬にしてそのようなイメージが頭に浮かんでしまった。
長く恩恵と共に生きる第一世代の絢だからこそ理解した。
恩恵には自分がまだ知らない深い穴のような、覗き込んではいけない世界がある、そんなふうに目の前のファジャルを見て感じてしまった。
「うちの奴らに絡むなよ。怖がっているだろ」
聡明が固まった絢に変わって会話を引き取った。横に立って長身の聡明が凄むように見下ろす。
「大体、考えもなしにこんなふうに特忌区域全体を水没させて、逃げ遅れた人がいたらどうするんだ。全員、殺す気なのか」
ファジャルは言っている意味がわからない、と言う表情をして聡明を見て答える。
「不思議なことを聞くね。海はねぇ、誰に対しても平等なんだよぉ。誰にでも与えるし、誰であれ奪う。あそこにいる外敵であれ、そこの制服の彼が従える蟲であれ、君が救いたい人間達であれ、みんな生きているし、みんな死ぬんだ。命は平等なのになんで人間達だけ特別にするのかなぁ」
「ふざけるな、当たり前だろ。お前も人間だろう」
ファジャルは聡明の怒りの詰問にすぐに答えず、優しく微笑むと聡明と絢にゆっくりと視線を送り口を開いた。
「ふふ、そうだよねぇ。会話ができているから相手が人間だと思うのは人間の悪い癖だよね。自然はいつだってそこにあるだけで、答えをくれるわけじゃないからね。そこに意味を見つけようとするのはいつだって人間だけだよねぇ。」
聡明と絢は目の前のファジャルが何をいっているのか分からず、反応に窮した。
ファジャルは再び優しい表情をする。
「まぁ、いろんな意見があるからねぇ」といってペタペタとサンダルを鳴らしてビルの屋上の縁まで歩いて行った。
「みんなに会えてよかったよ。面白い恩恵の子にも会えたし、来た甲斐があったねぇ。それじゃまたどこかで。海があるところなら僕はどこにでもいるから、会いたくなったら呼んでねぇ。それと、あの外敵達は僕がつれていくね」
そうまったりとした口調で言うと、ベットから降りるように、かなりの高さのあるビルの屋上からひょいっと降りた。落下しながら飛沫のように消えて海水に混じると跡形もなく海と同化した。
聡明達がファジャルが消えた海面を見ていると、やがて盛り上がっていた海面が波を打つように一方向に向かって移動していく。
そのまま海面は加速的にスピードを伴って津波の引き潮のようにあらゆるものを飲み込んで濁流のようになっていく。
海中に飲まれた外敵はもとより、巨大なアンデッド2体もやがて強力な潮流に飲まれて一体ずつ海に引き摺り込まれる。
物理現象を無視した強力な潮流が根こそぎ町中のすべてを飲み込んでぷっつりと消えた。
そのままファジャルはあらゆるものを海の力で引き摺り込んで消え去っていった。
それはホールを中心とした特忌区域の地表からあらゆる一切の生物が消え去ったことを意味した。
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