第6話 恩恵
校舎と寄宿棟の間に窓のない、直方体の真四角な倉庫のような大きな建物が立っている。
大きさとしては空港などで見かける飛行機の格納庫を思わせる。
屋根を含めてほぼ立方体に近く、あたかも巨大なサイコロのようで、ありそうであまりない珍しい形に思える。特異なのは窓が全くなく、入り口と思われる玄関口以外に出入りができそうなところがない。
一見するとなにかを格納したり収納したりする大きな倉庫にしか見えないが、中山の後について栞はその巨大サイコロの中に入ると、建造物の用途が全くわからなくなった。
内部は、巨大ながらんどうの白い空間だった。上下四方すべて真っ白で、棚や間仕切りなどの類も一切何もなく、ただの真四角な空間のみがあった。
出入り口は1箇所人間が通れるサイズの大きさの扉が空いているだけだ。外から建物に入いる時、数メートルの通路を通って内部空間に出た事や、見た感じひとまわり小さな内部空間と感じるため、壁にあたる部分がかなり分厚く他に何かの構造物があるようだった。
上を見上げると入ってきた側面の上部にガラス張りの窓がみえた。通路のどこかから上がれるのか、壁の内部に部屋があるようだ。
空間の中にバスケットボールのゴールネットやバレーのネットでもあれば、位置的に観戦用の部屋にも見えるが、いかんせん何もないばかりか白く統一された空間においては観戦ではなく観察用の部屋に見える。真っ白な空間も何かの実験場だと思うと腑に落ちる。
「もともとは外部と隔離させた空間をつくり、適応者の能力が予期せぬ事態を招かないように、ということで横須賀クラス設立とともにつくられた施設です。」中山は真っ白な空間の中心に立つと説明した。
「予期せぬ事態・・・」栞は引っかかる言葉を繰り返した。
「それくらい未知の存在だったのです。ただ、今はどちらかというと『外部からの諜報行為のシャットアウト』と『訓練用の防御壁』の意味合いが強いです。」
中山は壁に近づいて拳で軽く叩きながら「銃火器の類では壁に傷もつきません。この閉鎖空間ではダイナマイトでも破壊できないような強度で特殊に造られています」と続けた。
訓練用の防御壁ということはこの中で適応者の生徒たちで戦闘訓練などを行うのだろうか。それにしても爆薬でも壊せないほどの閉鎖空間を用意するというのはどういう事だろうか。栞は言葉の意味を計りかねていた。
中山は栞をまっすぐ見据えると告げた。
「恩恵、と呼んでいます」
中山は栞の反応を見ながら続ける。
「元々は英語圏で言われ始めた言葉の和訳ですが、字の如く、まさに『恩恵』なのです。降って沸いたかのような天からの恵みです。一般には知られていなく各国は厳重に情報を管理していますが、適応者には一定の訓練や経験を積むとある能力が発露します。人類の通常兵器では太刀打ちできなかった外敵への唯一の有効手段。それが恩恵です。適応者の真骨頂とも呼ぶべき能力で、世界のパワーバランスを崩しかねない力です」
栞は中山が言っていることのイメージを掴みかねていた。
一体、さきほど見た高校生たちにどのような能力があるというのだろうか、超人的な跳躍や信じられないスピードの疾走を目の当たりしても、世界を変える力が他に隠されているように思えない。
ただ、この白い空間の中に立っていると、何か自らの常識では測れない事が起きていると直感した。その時、後ろで扉が開く音がした。
「あれ、保健室のお姉さんじゃん。なに、中山につれまわされてんの?」
赤髪の青年、伏見 慶一郎が入ってきた。
伏見は真っ赤に染め上げた髪をかきあげるとニヤニヤとしながら、細身ながら鍛え上げられた体で栞を覗き込むようにした。
「恩恵の見学ってところか。ゆっくり見ていきなよ。この俺が横須賀クラスでNO.1だ。やばいのがみれるぜ」
「伏見、先生には敬語を使え」中山が語気を荒げる。
「別にいいじゃん。栞ちゃんだっけ、若いから同世代みたいに感じちゃうよ。今度、保健室遊びいかしてよ」
「伏見くん、よろしくね。好きな言葉遣いでいいよ。でも先生、実は結構若くなくて10個以上は上だよ」
「俺はお姉さん好きだから全然問題ないね」
中山がこれみよがしに大きくため息をついた。
「伏見、お前はもうちょっと真面目に訓練に取り組んでほしいものだ。さっさとはじめるぞ。」
ここはあぶないので上にあがりましょう、と中山と栞は先ほど見えた建物上部の窓がある部屋に移動した。
空間全体がみわたせるようになっていて、分厚い窓ガラスの向こう、空間の中央で伏見が大きく伸びをして体を伸ばしている。中山が備え付けの卓上マイクから話す。
「伏見、用意はいいか?」
伏見が「いつだっていいぜ、今日は調子がいい」と軽口を叩くのがスピーカーを通して聞こえる。
「まずは最大出力のテストだ。限界まで出力してみろ」
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