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第59話 避難


 丈二郎は瞬時にその場にいた聡明とジョイス、劉将軍とともにホール外周にある最も高い大型の商業ビルの屋上に転移した。その後、後方にいた絢と横須賀クラスの彼方、木葉、熊野も同じ屋上に転移させた。


 遠くを見るとスパイダーマン・クリスが機銃を抱えるジャックを乗せてビルの上に蜘蛛糸で避難していた。

 もう一つの対岸では周愛玲と金宝嘉がビルの内部に逃げようともがいているのが見えたので、丈二郎は意識を集中させたのち二人を同じ屋上の劉将軍の横に転移させた。


 周愛玲と金宝嘉の姿を認めると劉将軍は殊勝に頭を下げた。

「ーすまない。恩に切る」

「うちのサムライが言うようにみんな仲間だ。気にすんな」と丈二郎は劉将軍に言うと、ビルの下を眺める聡明の横に立った。


 眼下の大通りは先ほどまでとうってかわって川のようになっていて、ホールの縁はまるで巨大な滝のようになっていた。

 遠く特忌区域の奥を眺めるが異変はない。

 徐々にホールを中心に海面が競り上がっていく。

 巨大な半円状に特忌区域全体が海に呑まれていく。区域以外には海水は出ずにホールを中心に盛り上がる異様な海面。

 すでにあらかたのビルの3階ほどまでは海に使っていて、多くの外敵が海面に飲まれている。

 巨大な二体も胸の下まで海水に使って動きが取れていない。

 特忌区域一体が巨大なコブのような海面で沈没している。この特殊な状況はある恩恵能力を物語っていた。



「ザ・ファーストだ…」丈二郎がぼそっとつぶやいた。

 聡明も眼下の異様な光景に息を呑まれながらも頷く。間違いない状況だった。


「この光景、間違いないな…くそ、なんてタイミングなんだ。本部聞こえるか!インドネシアは何か言ってきてないか!?」

 同じく眼下を睨んでいたジョイスが無線を使って本部に連絡をとり始めた。


 同じタイミングで聡明のインカムにも連絡が入る。

「藤っ!そっちはどうなっている!?特区外縁では急に海が上昇してきた!地震の報告は全くきてないが津波が来ているみたいだ」

「浅野二佐。こちらはすでに巨大な海が現れています。米中含めてビルの上に避難中です。磯前たちは大丈夫ですか?」

「あぁ、磯前たちも避難済みだ。どういうことだ。何が起きている?」

「恐らく、ザ・ファーストが来ました。インドネシアから官邸や自衛隊に連絡は?」

「…いや、全くない。ザ・ファースト…あいつが来たのか!」

「理由は不明ですが、間違いありません。全員特区から出て避難を継続してください。ここはもう奴の支配下です。インドネシアから何かあれば連絡を」


 聡明は浅野との連絡を切ると眼下の海を眺める。

 人智を超えた巨大な海が人であろうと外敵であろうと存在する全てを無差別に飲み込んでいく。 

 突如海面がせり上がり、大きな波が聡明たちのビルに当たり波飛沫がビルの屋上に降り注ぐ。

 飛沫上がった海水が屋上に水溜まりを作る。


「オム・オム(意:インドネシア語でおっさんたち)は何も知らないよ。僕が勝手に来ただけだから」


 突然、水たまりから声がしたかと思うと表面が膨張して縦に膨らみ、人型に立ち上がった。

 その人型の膨らみから海水がザッと屋上に流れ落ちたと思ったら、中から人間が出てきた。

 ドレッドのように絡まった力強い黒髪に端正で彫りの深い浅黒い顔、赤いアロハシャツボタンを止めずに羽織り黄色い派手な海水パンツ、足元はビーチサンダルという姿の男だった。

 ここが外敵がひしめく特忌特区の中心ではなく、まるで南国のビーチリゾートで浜辺を散歩しているような格好だ。

「…ザ・ファースト…」ジョイスが男の姿を見て諦めたように呟く。



男の名前は、ファジャル。

インドネシア出身の恩恵能力者で、世界で『初めて』恩恵を手にした適応者だ。


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