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第49話 先輩のヘッドホン


 鳥海麻子は班員たちの活躍を見て焦りを感じた。


 このような正面からぶつかり合う白兵戦において自らの恩恵ができることがあまりにもない気がした。

 実際に変化はしないが自身を視界にいれた他者の「認識」を強制的に変化させることができる能力は隠密や情報戦においては無類の強さを発揮するが、戦闘力そのものは向上せず適応者としても平凡な身体能力であることも含めて、この戦場において何かができる気がまったくしなかった。

 むしろこの乱戦に参加することに恐怖を感じて足がすくむ。

 私はこの戦いで「使えないやつ」という烙印を押されてしまうのではないか、そう思うと焦りを感じた。

 豪太の元で、伏見を含めてやっと一つのチームとして一体感が出てきた矢先の戦いだ。


 ー私だけ、役に立たなかったら…。もう誰かに棄てられるのは嫌だ…。




「やっぱ、あの人は化けもんごた強かね」

 いつの間にか横に立っていた筑紫京子が静かに鳥海に話しかけた。

 鳥海は京子が話しかけてきたことに意外に感じた。

 京子は我の強い性格の多い外特機動隊員の中で、『落ちつている』というより『内気』で『控え目』な物静かなタイプで、横須賀からの飛行機でも同郷の豪太から話しかけられた時に俯いて短く答えるぐらいで終始押し黙っていた。


 鳥海は奥手そうな京子とは逆に派手な見た目で『陽キャ』な自覚があったので、自分みたいなタイプを京子は苦手だと思っていた。

 だから年上とはいえ京子が突然話かけてきて意外に感じて驚いたのだ。

 ーこういう人は私みたいなタイプに苦手なんだと思っていた。


「みんながみんな、あぎゃん戦える人ばっかじゃなかけん、安心しなっせね」

 出身の熊本地方の方言で話す京子は長い前髪の奥で優しそうな笑顔を浮かべていた。

 鳥海は出会ったばかりのこの横須賀クラスの「先輩」は、初めての本格的な戦場で追い詰められた表情を浮かべていた「後輩」を安心させようとしていることに気がついた。

 自分がまだ第一線の戦場に立つに値しなかったという恥ずかしさと、会ったばかりの目の前の女性の優しさへの安堵感を同時に感じて、鳥海はなんと返せばいいか戸惑ってしまい固まった。

 鳥海の反応を見て京子は自分が失礼なことを言ってしまったのかと慌てた。


「ご、ご、ごめん・・・!私ごときが失礼なことを言うてしもて、ご、ごめんなさい」

「違うんです。優しいこと言ってもらえるって思ってもなかったから、私こそごめんなさい。気遣ってくださってありがとうございます」

「よかった…。うちも最初ん頃はそぎゃんだったっけんね。だんだん自分のやり方が見つかってくるけん、大丈夫ばい」

 京子は首に下げていたヘッドホンを外してイタズラそうな表情をして「新品だけん、持ってて」と鳥海に手渡した。

 そしてもう一度優しく笑みを浮かべて付け加えた。

「効果がなくなるけん、そのヘッドホンはつけたらいかんよ」

「効果?」

「うん。それが私だけの戦いかた。見とってね」



 鳥海は京子が背中に大ぶりなケースのようなものを下げていることに気がついた。

 ギターケースのようなサイズ感だが、大きな L字型の形状になっていて、これまで鳥海が見たことのないタイプのケースだった。

 京子は地面にケースを下ろして中身を開ける。

 ケースの中から大きな鎌のような武器が出てきた。

 変わっていたのはその柄の部分だった。穴がいくつか空いていて、指で押さえる小型の円盤のようなものが多数ついていて中が空洞になっている。

 鎌と見覚えのある器具が合体した不思議な形状をしている。


「…笛?」思わず鳥海がつぶやいた。

 ふふ、と京子は三度笑みを浮かべると鎌を水平に構えて柄を横笛のように口づけた。

 京子はゆっくりと息を吸って、柄の部分に吹き込み細い指を巧みに動かした。

 フルート特有の音色が戦場に場違いに響く。

 京子の人柄が滲んだようなか細くも優しい音色だった。

 中世のヨーロッパで描かれる死神の鎌のような大ぶりの鎌を横に構えて可憐なメロディを奏でる京子はあまりにも戦場から浮いていて、その非現実的な姿に思わず鳥海は目の前の戦場の喧騒も恐怖も忘れて聞き惚れた。


 すると、気がつくと先ほどの自分と全く違う自分になっている気がした。

 頭の先から爪の先まですべてのコンディションがととのって数年に一度の絶好調な体調なのではないかとおもった。

 心も先ほどと打って変わって軽い。

 スポーツ選手で言ったら「ゾーン」に入ったというのだろうか、今ならどんな敵も倒せそうな、そんな高揚感につつまれている。

 これまで出せなかった力を今なら出せる気がした。


 鳥海はあまりの変化にびっくりして目の前の先輩に声にならない疑問をぶつける。

「ーー!?」

「ふふ、気のせいじゃなかよ。今はいつもより強かとたい。これが私の戦い方。私の恩恵は音に宿っとると。その人の力を引き出してあげたり、そして、その逆も出来るとよ」

 京子が振り返って戦場に向き合うと、京子と鳥海のすんでの所までアンデッドたちが数体迫ってきていた。

 鳥海が京子の演奏に気を取られているうちにいつのまかアンデッドたちが近づいてきていて、あともう少しで二人は飛びかかられそうになっていた。

 

 京子先程とは打って変わって激しいメロディを奏でた。

 音楽が届くや否アンデッドたちの調子があきらかにおかしい。

 敵を見失ったかのような動きをした後、急にお互いが互いに激しく組み合うと同士討ちをし出した。

 もつれるように互いを攻撃し合っている。

 外敵は外敵を攻撃しないの原則をはずれて、あたかも外敵同士が互いを敵だと誤認したかのような様子だ。


 京子は笛の演奏をやめるとゆっくりと鎌を持ち直して、もつれあい攻撃し合うゾンビたちを無慈悲に一気に横から一刀両断した。

 バサバサと無惨にもゾンビたちは無抵抗に真っ二つになり崩れ去っていった。


「…音で操ったの?」

「ふふ、正確にはその対象の状態ば変化させることができるとよ。力ば出せるようにしたり、素早くしたり、逆に目が見えなくなったり錯乱させたりして、まともな判断のできんごつしたりもね。でもね、最初からはできなかったと。だんだんできるようになったんだよ」

「私にも私のやり方があるってこと?」

「一緒に見つけよ。二人なら怖くなかよ」

 京子は鳥海からヘッドホンを受け取ると「私はこれがないとダメ。戦場で落ち着けるように音楽ば聴いとるね」と言ってまた優しく笑った。


「行こう。磯前君達が道ば切り開いてくれよると。私たちは支えよう」



 鳥海は損得や利害関係なく自分を応援してくれようとしている心優しい先輩を前にして、こんな人と一緒に戦えるのだったら、適応者として戦いを課せられ運命も悪くない気がする、となんだかすこし自分が救われるような気がした。


 適応者になる前に、恩恵のかけらもなかった時からずっと染み付いている考え。

 価値がなければ誰からも必要とされないんじゃないか。物心ついた頃から親と呼ばれる人たちの顔色ばかりをうかがって生きてきた。

 機嫌を損ねたら叩かれるのではないか。必要とされないと虐げられるのではないか。

 やつらの顔色、一挙手一投足に細心の注意をはらって生き延びようとしてきた。

 あの日ホールができて全てが変わって、奴らも過去の存在となった。

 それでもずっと心の奥で自分の価値を認められず相手に必要とされないことが、染みついた本能のように恐ろしく感じていた。


 優しい表情と心地よい方言で自分を助けてくれようとしてくれている。

 戦場だからこそ、混じりっ気のない純粋な優しさや労りが心にそのままスッと入っていくのがわかった。


 今はただこの人についていこう。そう思えた。

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