第45話 二人の英傑
「各国救援部隊との窓口になります。台湾国軍の黄です。感謝申し上げます。何かありましたら私まで」
輸送機を降りると若手の将校が浅野と聡明に名乗り出た。
聡明の耳につけたオープンイヤホン型デバイスがリアルタイムで将校の中国語を日本語に変換する。端的な話し方と自信のある態度が翻訳機を介しても才知ある優秀さが伝わってきた。
「米軍と中国は?」浅野が挨拶もそこそこに聞く。
「米軍は3時間前に到着済みで、すでに部隊の一部を我が軍と合流して交戦中です。中国人民解放軍も1時間ほど前についています。両軍とも将校の方と主力の適応者の方がすでに集まっているので皆様このままそちらにお願いします。ブリーフィングを合同でさせていただきます」
黄が丁寧に応じながら足早に先導する。
「くそ。中国の方が早いか」
「ウチの方が遠いからしかたないんじゃない」ニヤニヤとしながら丈二郎が浅野をわざとイラつかせるように砕けた言葉づかいをする。
「ふん」浅野は丈二郎を一瞥すると無視して黄についていく。
広い会議室にはすでに台湾国軍の幹部メンバーを含めて多くの人数がいた。
会議室に入って右手奥に米軍の迷彩柄の一段が固まっている。米軍嘉手納基地のメンバーだ。その中の一人が聡明たちが入ってきたことに気がつく。
「わぉ、やっときたよ。待ちくたびれたぜ。」
ちっこくてすばしっこいのが強みなのにえらく遅いんだな、と目も覚めるような明るい金髪を短く刈りそろえた男が意地悪くニヤニヤとしながら言葉を続けた。
特徴的で目立つ、赤い大ぶりなサングラスをかけている。
「最悪だ。『バウンドレス・バレッズ』だ。面倒なやつが来ている」丈二郎が心底嫌そうな表情をして聡明に耳打ちする。
「あれ?よく見たらお前、ガルシアだよな。日本は遅いだけじゃなくて、裏切り者のユダまで必要なほど戦力不足だとは大丈夫かぁ?」
批難したり、人を野次ることが楽しくて仕方ないという表情をしながら、丈二郎の前に来て皮肉そうな表情をする。
「今回の作戦では裏切らないでくれよ。日本の次はどこの国いくんだ?この作戦が終わったらあっち側にいても不思議じゃないもんな」
会議室の反対側に陣取っていた中国人民解放軍の方を暗にさした。
「ジャック。君は知らないかもしれないけど、国籍選択は裏切りじゃない。権利の行使だ。僕の母親は日本人だ」
「少尉だ。お前がいなくなってから昇進してんだよ。ジャック・クランシー少尉と呼べ」
「君みたいな人格破綻者も昇進できるとは人材不足なんだね。あと、ジャック、ユダは裏切り者ではないという説もある。勉強不足な君は戦場より学校に行った方が幾分マシになるんじゃないかな」
「…相変わらずのへらず口だな。戦場では後ろに気をつけろよ」ジャックの表情から侮辱的な笑みが消えて、凄んだ。
「クランシー少尉、やめなさい。ガルシア、久しぶりね」
米軍一団の中心にいた一際目立つ女性将校が進みでてきた。豊かに伸ばした金髪が大きくウェーブして、目鼻立ちがしっかりした人目を引く美人で一人迷彩服でなくパリッとした制服の軍服を着こなしている。
ゴージャスという言葉がよく似合う聡明や丈二郎と同世代に見える女性だ。
「ジョイス!」丈二郎が嬉しそうに破顔する。
「相変わらず達者ね。その辺にしてあげてね、ジャックが泣いてしまうわ」
「ジョイス、俺はこんな奴相手で泣くことはない」ジャック・クランシーがまだやり足りないと口を挟む。しかし、ジョイスと呼ばれた女性将校にひと睨みされると、「なんだよ」とばかりに肩をすくめて元の集団に戻っていった。
丈二郎は女性将校を聡明に紹介をする。
「聡明、こちらは合衆国軍のジョイス・マッカラーズ。今はもう少佐なんだっけ?」
「そうよ。あなたが藤聡明ね。噂のサムライとご一緒できて光栄だわ」
「初めまして。丈二郎からあなたのことは聞いてます。私の方こそご一緒できて光栄です」
「あら、なんて聞いているのかしら?毒の魔女って?」
「いえ、同期だったと聞いていて。とても仲が良かった、素敵な女性だと」
「ふふ、嬉しいわ。お互いベストを尽くしましょう。また後でね、ガルシア」
「会えて嬉しいよ。ジョイス、また積もる話は後ほど」
髪を揺らしてジョイスがいなくなると聡明が小さな声で聞く。
「彼女が、高名なマッカラーズ少佐?あのテキサスのバラの」
「そうさ。清廉潔白で公明正大、誰しも一目を置く次世代の米軍のリーダー。彼女は信頼できる素晴らしい人格者だ。そして悲しき猛毒のお姫様でもある」
ジョイスと丈二郎は適応者として米軍で同期入隊だった。かつてのジョイスとの思い出が呼び起こされたのか少し遠い目をして丈二郎は言った。
テキサスにある陸軍最大級の基地であるフォート・カバゾスで共に訓練をしたジョイスを思い出す。綺麗なバラには棘がある。
彼女の場合はその棘は猛毒だった。それは彼女が一番嫌う、体を内側から蝕む「卑怯」な恩恵能力だった。「武」に実直に向き合い、優秀な兵士であったからこそ戦場で忌み嫌われる化学兵器のような才能が自身の内に秘めていたことに深く傷ついていた。
あの頃の面影はジョイスにはもうなく、数多の兵を率いる立派な将の立ち振る舞いだったと丈二郎は感じだ。
自分の知らないジョイスの時間があることに当たり前ながら気がつき少し寂しいような複雑な気持ちに丈二郎はなったが、そんな気持ちをかぶり振ると丈二郎は聡明に小さな声で囁いた。
「今回、もう一人有名人がいるね」と会議室の反対側に座る一団に丈二郎は目線を送った。
聡明も静かにうなずく。こんなにも早く機会が巡ってくるとは思わなかった。
会議室の反対サイドには中華人民共和国の人民解放軍の一団が鎮座していた。
元来の派手な見た目や声の大きさに加えて、戦時を前にした一種の高揚感からか騒がしい米軍と対照にその一団は不気味なほど静かに「凪いで」いた。
静かにじっと戦争が始まるのを待っている。
その中心にその「有名人」はいた。
季節外れの猛暑にもかかわらず軍服の上に大きなマントを羽織り、目深に官帽をかぶり美しい姿勢で座っている。その男は米軍の喧騒をまるで気にかけずただ静かに座っていて、やがて起きる戦いが始まるのを待っていた。
周囲の人民解放軍の軍人たちがその男に対して緊張感を持っているのが否が応でも感じる。
その男は座っているだけだったが、明らかに異質な雰囲気を醸し出していた。
男の名前は中国人民解放軍の劉連科少将。『将軍』の通称で知られる中国の恩恵能力最高戦力だ。
別名、蟲の王。
劉将軍は世界でもその名が知られる、恩恵で強化した虫を使役する能力者だ。
恩恵能力の中でもいくつか確認されている「使役」の恩恵の一つだが、その使役能力の中で世界で最も有名な恩恵で、その力は大国中国の恩恵武力をほぼ一人で担うほどの圧倒的な武を誇る。
文字通りの「一騎当千」で数千万匹の虫を使役してたった一人で戦場を圧倒して相手側を制圧する武力を誇る。
たったり一人で「戦争」ができるほどの1対多のスペシャリストと言われ、劉将軍は誰もが認める世界最強の一角と目されている。
聡明は劉将軍の横に静かに立った。劉将軍は聡明のことを見ずにじっと前を見ている。
聡明は意を決めた。このままでは何も変わらない。
今動かなくては何かのチャンスを逃すかも知れない。
「あなたが中国から離れることがあるとは思いませんでしたよ。初めまして、自衛隊の藤です。あなたと同じ適応者第一世代です」
劉将軍は聡明の言葉がまるで聞こえてないかのように微動だにしない。
「天下の大将軍も国を離れたくなるほど気になりましたか?ホールの中で我々が出会った存在に」
劉将軍はぴくりと反応するとゆっくりと首をまわして聡明を見る。
静かだが強い意志を聡明はその瞳に感じた。
「言葉を返すようで恐縮だが、この島は中華人民共和国として一つだ。私は国を離れていない」
劉将軍が丁寧に言葉を返した。
聡明は逆に相手の反応を見るようにじっと劉将軍の次の言葉を待った。
劉将軍もそれ以上を言わず聡明の真意を探るようにじっと聡明の顔を見た。
数秒が数分に感じる緊張感の後、劉将軍は聡明から視線を外して前方を向き、聡明を指して台湾国軍の黄に告げた。
「最後のお客さんが到着したようだ。始めよう」
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