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第40話 戦闘

「ーーやるよ。小葉!散弾!」丈二郎が短く指示を出した。


 丈二郎からスリングショットを授けられた際の教えを木葉は思い出す。

 具体的に付与する抽象概念を言葉にすることでより明確なイメージを持つことができ、恩恵効果を強化することができる、と丈二郎は説いた。


 小葉は支給されたばかりのスリングショットに小型の鉄球を大量に握り込み、力一杯引き絞って放ちながら叫んだ。

「配分!確率!」

 木葉は空中に鉄球が多量に発射させながら、付与する効果を言葉にして叫びた。


 丈二郎は木葉に『言葉にすること』の3つの利点を説明していた。

 言葉によるイメージの明確化は恩恵効果の「強度」と効果が現れる「速度」を向上させるとした。

 そして最後の利点を「もし、木葉が言葉を重ねた鍛錬の先にイメージの明確化を無詠唱でも同様にできるようなると、意図的に言葉と効果をずらすこともできる」と丈二郎は説明した。


「外敵は今はまだ言葉を解さないとされているけど、この先どんな敵が現れるかわからないんだ、オプションはあったほうがいい。戦闘は騙し合いだ。ちょっとの認識の差が勝敗を分けるんだ」と丈二郎はいたずらそうに笑った。

 木葉は最後のアドバイスを自分が使えるようになるイメージがまだわかなかったが、ともかく丈二郎に言われた通りに自分が付与するイメージを木葉は言葉にして叫んだ。



 木葉が放った多数の鉄球たちの半分が方角を失って地面などに刺さる一方で、残りの半分の小型鉄球がアルミラージ4体に的中して吹き飛ばす。

 確率の操作が的確に効いたようだ。

 ーーこの戦い方は使える。

 木葉は初手で確信した。

 抽象概念を扱える自分に向いた戦闘方法が他にもイメージが湧きそうだ。

 もう自分は戦えないサポート役ではない。

 沸々と心の奥で外敵を自分の手で駆逐することの興奮と渇望が湧き出るのを感じた。

 私だって、いや私だからこそ倒せるんだ。覚えていろ、必ず仇を私が取るんだ。


 脳裏に双子の妹の最後の表情が浮かぶ。

 あの時の彼女の無念を思うと冷たい怒りで心が満たされるのを感じた。


 花、待っていてね、私が必ずこの世界からあいつらを根絶やしにするから。

 小葉は腰に下げたポシェットから中型の鉄球を2つ取り出すとスリングショットで再び力一杯引き絞った。


「配分!重力!」

 放った瞬間から片方の鉄球が失速し、もう片方が宇宙空間で放たれた弾丸のように爆裂な勢いを放って推進した。

 物理法則を無視した鉄球が縦に並んだアルミラージを2体連続で爆散させる。



 熊野は覚醒したように投撃で撃破を重ねた小葉を横目に見ると、これは自分も負けられないなと奮い立った。

 熊野は丈二郎のアドバイスを思い出す。

 熊野の能力は岩石。

 いつしか自身をゴーレム化をすることばかりに能力の活用を求めてしまっていた。「より大切なのは仁之助のその格闘術との融合だよ。岩の能力はその重さと硬さをうまく使えばいいのさ」とさらりと丈二郎は熊野に言った。

 熊野は目から鱗が落ちたように感じた。

 この体に染みついた祖父から譲り受けた空手の技そのもものが自分の最大の武器。

 そう考えると自分の恩恵能力がふっと自然と自分のものであると、一体に感じた。

 イメージが湧く。より強く、より確実に奴らを攻撃する方法が。


 熊野は向かってくる巨体のオークに空手の構えをとる。

 一気に踏み込むと置いた軸足のみを瞬時に岩石化させて重たい自重を手に入れる。

 その重さをどっしりとした砲台よろしく活用して、全身を大きく捻りながら爆裂な勢いで上段蹴りを炸裂させる。

 オークの脳天に直撃する前に蹴り下ろす膝から先を固く重く岩石化させる。

 猛烈な勢いで捻り放たれた上段蹴りが防御不能な重さと硬さをともなってオークの巨大な頭部を強襲する。

 硬い頭蓋骨が粉木っ端微塵となって辺りに四散する。

 瞬殺されたオークの巨体がその場に崩れ去る。

 自身が蹴り殺された事さえも理解できなかったであろう。

 それほどまでに圧倒的な威力の蹴りだった。熊野の身体中の血管が沸騰するようにアドレナリンが駆け巡る。

 初めて自分の体が能力と一体になった気がした。

 これが…これこそが、自分の力の使い方だったのか。

 今ならどの外敵でも駆逐できる気がした。

 早く、早く一匹でも多くを倒したい。熊野は沸騰するような焦燥に駆られて再び地面を踏み込んで跳躍する。

 怯まずに熊野に攻め込まんとしていたオーク2体に突撃をしていく。


 丈二郎は自身が想像していた以上の戦果を上げる二人の教え子を見て、これまで味わったことのなかった不思議な感覚に包まれた。

 なにか自分の役割を見つけた気がしたような、最初から決まっていた収まるべき場所を見つけたような気分になった。

 それは丈二郎が永い間探していた場所だ。先日の市ヶ谷での聡明の言葉が不思議と思い出される。


「丈二郎なら安心だよ。君はいい先生になる」


 あぁ、なるほど。

 自分はきっとこういう役目を与えられているのかもしれない。

 こんな不可思議な能力を授かったのだ。きっと何か自分たちには役割があるはずだ。

 丈二郎にとってのその役割がきっと「これ」だ。

 聡明や自分たちが切り拓いた世界で自らが見出し育てた『次世代の才能』が変えるのだ、このどうしようもない世界を。

 きっと自分は「次に繋げる」ためのピースなのだ。

 居場所がなかった自分の過去を思うとこの上もない喜びであると感じた。

 図らずもあの梶ヶ谷と同じ「先生」か、と不思議な因果に苦笑する。



 ふと丈二郎が横を見ると、未知数の可能性を秘めた教え子が両手にナイフを握り今まさに戦闘に加わろうとしていた。

 緊張からか気負いからか、すこし震えている。


「大丈夫」

 丈二郎はゆっくりと声をかける。

「彼方、集中だ。たった一つの想いに深く潜るんだ」


 彼方は丈二郎の言葉を聞くと深呼吸して念じる。

 手に握るナイフに握力を込めた。

 集中だ。

 集中するんだ。

 絶対に倒す。

 このナイフで奴らを返り討ちにする。

 集中しろ、集中しろ、集中しろ、集中しろ。

 次第に音が遠くなっていく。

 先ほどの丈二郎との模擬で向き合った時と同じか、あるいはそれ以上に深く自分の意識が潜っていくのがわかった。

 時間の感覚がなくなる。

 集中しろ。

 集中だ。集中、集中、集中、集中。


 他の全てが引き伸ばされて遠くにあるように感じる。

 彼方はゆっくりとオークの群れに近づく。小さな声で彼方はつぶやき続ける。

「集中、集中、集中、集中…」


 真昼の夢遊病のようにゆったりとした異様な足取りにオークたちも気がつき、2体のオークが彼方に飛び掛かる。

 最初の一体の攻撃をすんでのところで体を斜めにスライドしてかわすと、オークと数センチの距離で踊るように体を捻った。

 握り込んだ2本のダガーナイフが宙を舞う。

 コンパクトに彼方は回転してナイフの刃が根元まで見事にささり、オークの喉元を切り裂く。

 返り血を浴びながらもバックステップした瞬間に、2体目のオークの渾身の攻撃が空を切る。

 そのまま入れ替わるように2体目のオークの裏側に回ると背後から一突きをする。

 背後から刺されたオークが激情し、体勢が整わないままに振り向きざまに殴りつけようと大ぶりの殴打をする。

 オークの凄まじい勢いの渾身の一撃を数ミリでかわすと、彼方はオークのその勢いを使ってナイフを喉元につける。

 オークは自分の勢いを殺せずにそのまま彼方のダガーナイフに貫かれて絶命した。

 ナイフを抜いた彼方に再びオークの血が降り注ぐ。

 彼方は呆然と立ち尽くす。

 体がまるで自分のものじゃないように感じる。

 この体は何か別の大きな意思が入り込んで操られている入れ物や容器のようだ。

 何かに自分の体が支配されいる。

 

 あぁ、と彼方は思い当たる。これは箱庭訓練の東富士演習場に入る直前の時に気がついたのと同じだ。

 怒りだ。


 怒りが自分を支配している。

 冷たく研ぎ澄まされた集中力は全ての外敵を倒すという強い想いに収斂されていた。

 その根源は怒りだ。

 怒りが自分を支配している。

 自分を落ち着かせるように彼方はそっと深呼吸をする。

 オークの生臭い血の匂いで満たされる。

 普段の思考が戻ってきたのを感じる。

 やがて周りの音が聞こえてきて、視界も広がる。


 見渡すと辺りにアルミラージとオークだったもの達が散乱している。

 少し離れたところにいた小葉と熊野と目が合う。

 2人とも肩で息をしているが怪我もどこにもなさそうだ。


 終わってみれば彼方達3人の圧勝だった。

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