第25話 レッドドラゴン
順調に進めている、と彼方は感じていた。
隊列を組み、周囲を探りながら会敵したスライムを順次作戦通りに撃破していく。
進軍は遅いが確実に着実に外敵の駆逐を重ねていた。
3人のコンビネーションにも少しづつ習熟が生まれ始めているように感じて、ある種の無双感を感じ始めていた。
このまま三人でどこまでも強くなれるのでは。
僕はたとえ逃げることしかできなくても、それでも役割があるなら…と彼方は心の中で密かに思っていた。
それが突然、絶望に変わった。
辺りが一瞬暗くなったので最初は馬鹿みたいに分厚い雲がかかったのかと思った。
が、次の瞬間大きな衝撃と共に周囲に土埃が舞った。
予期せぬ緊急事態が起こったのは明らかだったが、彼方には何が起こったのかわからなかった。
「総員離脱!救助要請!」
これまで彼方が聞いた事がないほどの声量で熊野が叫んだ。
次の瞬間、熊野が地面に手をついたと思ったら「ぬぉぉぉぉぉ」と腹の奥から響かせると手をついた地表から大きく地面が盛り上がり固そうな一枚岩の岩盤がまるで壁のように現れた。
彼方には分厚いダムのような壁に見えた。
そしてその奥に巨大なレッドドラゴンが首をのけぞって大きく火炎を吐いた。
ようやく彼方は何が起きているのか把握した。
「逃げろ!死ぬぞ!」
熊野の言葉で弾かれたように彼方と木葉は後方に走り出した。
巨大な岩壁に炎があたって四散して広がった。
上空に舞い上がる火炎を振り向きながら見上げて彼方は現実離れしたその光景にまるで映画の爆破シーンを見ているようだと感じた。
ちょっと現実的じゃない。
とてもじゃないがあの化け物から逃げおおせて助かるイメージが湧かない。
火炎を吐き終えたレッドドラゴンが前足を振るうといとも簡単に岩壁も砕け散った。
熊野はそれを見ると覚悟を決めたように大きく叫んだ。
「白兎、信号弾を打て!戸隠、白兎を抱えて走れ!お前なら逃げれる!」
熊野は言葉にならない咆哮をあげると、体全体を岩石に変化させて巨大化を極限までさせる。
身の丈は先ほどのスライム戦を遥かに超えて3メートルを超える。
が、レッドドラゴンに比べるとまだ小さい。
熊野は班全体が全滅を避けるためには後輩二人が逃げる時間を確保することが最善と判断した。
自分に比べて二人の能力には伸び代がある。
ここが俺の命を張るところだ、と熊野は全身にアドレナリンをかけめぐらせて体を震わせる。
ふざけるな、こんな一方的な暴力を俺は許さない。熊野は巨大化した岩の体で渾身の怒りを込めた右ストレートをレッドドラゴンに叩き込む。
「熊野さん!!」彼方は叫んだ。
熊野さんが死んでしまう。
自分たちを庇うために。
そんなのは嫌だ。
木葉は即座に頭上まっすぐ信号弾を打ち上げると彼方の襟首を掴んで叫んだ。
「彼方、行くよ!先輩の意思を無駄にしないで!」
あれは災害に近い。
私たちに今できることは全滅を避けて、藤特等らに現場を知らせることだ。
そのためにはなるべく早くここから離れないと。
もう一度「行くよ!」と叫んで半ば引きずるように彼方を離脱させる。
彼方もすぐに熊野に言われたように木葉をさっと抱えると走り始めた。
頭上高くで信号弾が炸裂して閃光が降り注ぐ。
熊野渾身の右ストレートを受けたレッドドラゴンは全くのダメージを受けてないかのように、再度前足を払う。
熊野が立っていた地面もろとも隕石の衝突のように抉れて、土砂岩石が砲撃のように砕け飛んだ。
木葉を抱えた彼方の背中にも、バスケットボール大の岩が2、3飛んでくる。
それをステップで彼方は避ける。
距離にすると10メートルは下がっただろうか、頭上にはまだ先行弾のかけらが光りながら落ちている。
時間にして数秒。
巨大化した熊野がレッドドラゴンの前足を払われた衝撃で吹き飛ばされているのを彼方は視界の端にとらえた。
自分たちとは違う方向に、やや離れたところに熊野の巨体が地面に激しく落下する。
熊野は生死不明だが微動だにしない。
レッドドラゴンが追撃するように大きく息を吸った。
ファイアブレスだ。あの火炎放射で追撃するつもりだ。
このまま自分は熊野の犠牲のもとに走り続けていいのか、彼方に胸に激しい感情が湧き上がる。
こんな自分を仲間として接してくれた大切な先輩。
後輩を守るために即座に捨て身の攻撃をした仲間。
「ーお前が続けている努力や鍛錬は本物で、尊敬に値する」初めて自分を認めてくれて褒めてくれた人。
また、また、また僕は外敵に奪われるのか。
最愛の家族も、そしてやっとできた仲間も。
そんなことは絶対に許さない。僕は絶対に認めない。ふざけるな、好き勝手お前らに痛ぶられるだけの人生じゃない。
熊野の死を直感的に予見した彼方は瞬時に沸騰するように怒った。
これまでで最も激しく。
「ぬおぉぉぉおぉぉ!」自然と魂が咆哮するように叫んだ。
レッドドラゴンがのけぞった首を一気にしならせる。苛烈な炎の矢のような放射が地面で伸びた熊野を急襲する。
その刹那、不可思議なことが起きた。




