第2話 適応者
面接をしてすぐに伊勢崎 栞は採用となった。
余程急務の人員補填だったのだろうか、数日後には連絡が来た。そして元々の募集要項どおり、栞は採用になってから3ヶ月後には横須賀の駐屯地への医官としての内示が出た。
東京目黒の国立病院機構をやめ、自衛隊の医官になることに目黒の同僚医師たちは一様に驚いていたが、少し遅れてその理由に思い当たったのか勝手に納得顔になっていった。中には「早く良い人が見つかるといいね」と神妙な面持ちで言い放つ先輩医師もいた。彼らの中には少なくない数の人が、場所柄「渋谷特忌区域」の被害に遭っている。
こんな時代だ、身内友人誰かしらに被害者はいてもおかしくない。その度に栞はさもその通りだという顔つきをして伏し目がちにした。将来を誓い合った恋人が戦地で行方不明になり、おそらくもう生きていない。そんな女性の表情をするようにした。
実際、院内で横須賀の駐屯地勤務の医師募集の知らせを見てすぐに願い出た際にも、上司も含めてその理由を聞かれた時には「もう彼は生きてないと思っているが、少しでも近くにいたい。何もしていない自分を許せないので。彼のような隊員たちの助けになりたい」と説明した。
その栞の動機は採用の希望を叶える上で効果的面だったといえる。
配属先は横須賀といっても東京湾に面する海上自衛隊の横須賀基地ではなく、三浦半島を挟んだ反対側、相模湾に面する御幸浜に立地する「武山駐屯地」。
武山駐屯地には陸上自衛隊唯一の自衛官養成の「学校」である陸上自衛隊高等工科学校があり、今から6年前そこにある組織が併設された。
「陸上自衛隊武山駐屯地適応者特別訓練センター」だ。
誰が呼んだか、人呼んで「横須賀クラス」。栞の今日からの職場だ。
バス停を降りると、左右に広大な駐屯地の敷地沿いに塀が続いている。その途中の正門をくぐっていく。
横須賀クラスは、いわゆる「適応者」が日本中から集められた国の育成教育機関だ。
育成教育機関、といいつつも事実上の強制として生徒たちは集められている。適応者特別保護育成法が6年前の2026年に施行されて、即刻、横須賀クラスは作られた。日本中から適応者として能力が発露した15歳〜18歳までの高校生にあたる年代の子達がここで集団生活を送っている。
精神科医である栞はそこの健康管理担当医とメンタルケアのカウンセラーを兼ねた存在として赴任となった。つまり、これから栞が相対する子供たちはそれだけ「心が削られる」場所にいることなる。
(それもそうかーー)
栞は自分が決めたこととはいえ、気が重くなる思いがした。栞がこれから向き合うのは戦うことが宿命づけられた子供達だ。
栞は学校内で通された会議室に入ると、荷物をおいて眼科に広がる校庭を眺めた。
こうして見ると普通の学校のようだが、横に寄宿棟が複数ならんでいたり、奥に駐屯地の広大な敷地がのぞいたりとここが自衛隊の施設である事が感じられる。校庭のグラウンドでは部活動だろうか、トラックを走っていたり、サッカーの練習を行っている。
ドアがひらくと中年の男性が入ってきた。50代後半と推察される男で、短髪が七三分けでそろえられ飾り気のないシャツに無地の赤いネクタイがシワなく綺麗にしめられていて、くすんだ鼠色のスーツを着ていた。
特徴のない顔つきといえばいいのだろうか、何となくサラリーマンの典型的な中堅管理職を思わせる顔つきだった。あるいは、わざと特徴のないようにした警察捜査員。
栞は会釈とともに握手の手を差し出したが、男は手元の書類に目を落としたまま会議室の椅子に座ると破顔せずに冷たい目を栞に向けて特徴のない声で話し始めた。どうやらサラリーマンではなく、後者の属性のようだ。
「適応者特別訓練センターにようこそ。ここの事務長という責任者の立場をやっている、綱島と言います。医療従事者ということですが、今まで適応者と接した事がおありですか?」
「いえ、まだ会ったことありません」
「そうですか。基本は未成年の高校生なのでそのつもりで気にせず接してもらえたらと思いますが、ご存知の通り貴重かつまだ不分明な点も多い存在でもありますので、伊勢崎先生にはぜひ、そのあたりの彼らのレポートもお願いできたらと思います。もちろん、健康状態の維持管理は言わずもがなですが」
栞は「はい、承知しております」と緊張から少し掠れた声で答えた。
「貴重」で「不分明」な「存在」。まるで研究材料や道具のような言い方にどきりとする。
そんな栞の様子を見てか綱島は手元の書類のフォルダをパタリと閉じて栞を見つめると、すこし間を空けて「一応、簡単に振り返りますか」と言って、今では誰もが知っている2024年のあの日から世界で起こったことを語り始めた。
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