第19話 訓練開始②
集合場所にはすでに熊野をはじめ他のクラスのメンバーが揃っていた。
「二人とも大丈夫そうだな。いい顔つきだ」
熊野が彼方と木葉を見て満足そうにした。
すでにアップでもしていたのだろうかタンクトップにアーミーパンツの姿で、大きく盛り上がった肩の筋肉からは汗と湯気が立ち上っている。
熊野は彼方の顔をしばらく見つめるとゆっくりと続けた。
「俺は結果より、過程が大事だと思っている人間だ。他の奴が戸隠のことをどう思っていようと、お前が続けている努力や鍛錬は本物で、尊敬に値する。だから、たとえ今日一緒に取り組む訓練で戸隠が思うように行かなくても、少なくとも俺に対しては申し訳なく思ったり卑屈に感じたりする必要はない」
少し恥ずかしいのか、目線を外して「普段あまり俺は他人を擁護したり助けることをしないが、どう思っているかは知ってもらった方がいいかと思ってな」と続けた。
彼方は突然のことでびっくりしたが胸が熱くなった。
いつも、無口で孤高にトレーニングを重ねている熊野の言葉だからこそ、余計この先輩の期待に応えたい、と強く思った。
少し目頭が熱くなりながらも「はい」と大きく返事をした。
「青春だね。だけど、今日はあいつらにも警戒しないと、だよ」
木葉が顎を突き出すように少し離れた集団を指した。
赤髪で遠目からも目立つ伏見が班員の鳥海と大山と談笑している。
彼方と同級生の高校1年の大山は傍目でもわかるほど、1期上の先輩の伏見の機嫌をとるように大袈裟にへつらっているように見えた。
鳥海の方は伏見に少ししだれるようにしていて、なんだかアメリカのハイスクールムービーの典型的な悪者集団のようだと彼方は感じた。
何かにつけて自分を目の敵にする伏見が今回も何かをしてきたら、木葉と熊野の二人にも迷惑がかかるかもしれない。
それは自分がやられるのとは訳が違うように感じて、彼方の心が痛んだ。
それだけは嫌だ。
「僕のせいでごめんなさい」彼方は二人に暗い表情で俯いて誤った。
木葉はそんな彼方をみると、おでこをピンと指で跳ねた。
「あんたのせいじゃない。きっかけは彼方かもだけど、これは私が売った喧嘩なの。だから私のせい。そして私は悪いと思ってない。あんなやつに私は、私たちは負けないわ」とニヤッと笑った。
「そう言うことだな。まぁ今回は藤特等たちもいるからそんなに大それたこともできないだろう。それより外敵だ。敵は身内じゃない。気合いれていくぞ」
熊野が言い終わると同時に集団の前に藤特等ら外特機動隊の面々が現れた。
一列に並ぶと一歩前に藤聡明が進みでた。
「皆さん、おはようございます。いよいよこれから訓練を始めます。この東富士演習場が面する富士山麓ホールは多様な外敵が出現しますが、演習場の付近では皆さんが昨日戦闘を目撃したスライムのみが出現する傾向があります。スライムは単体個体の攻撃力が低いのでみなさんであればそこまで危険なことはありません。ただ、昨日のように群となすと個体一つ一つは弱くても手数として後手になり深刻なダメージを負うことがありますので注意をしてください。大量のスライム群と会敵した場合は無理せず撤退して我々に報告をお願いします。昨日見てもらったように、攻撃力は低くても、意外と素早く動いてくるのでなかなか攻撃が当たらないという特徴があります。なので大量のスライムに囲まれると一つ一つの攻撃力が低くてもやがて後手にまわって窮地に陥る、ということが過去何件か事例があります」
聡明は横に並ぶ磯前豪太に「あれの説明を」と指示を出した。
豪太は懐から花火の筒のようなものを取り出した。
「みんな、これは緊急時に使う信号弾だ。特等の言うスライム群に囲まれ時とか、全く予期してなかった強力な外敵が万が一出て来た際にはこれを頭上にまっすぐ掲げて筒の下の紐を引っ張って発信してくれ。頭上に花火のような信号弾が打ち上がるので、その瞬間俺らが助けに行く。八雲さんの恩恵で一瞬で助けに行くので安心してくれ。後各班に1つ撃破数が把握できるように小型の記録カメラを配布する。後で中のメディアを提出してくれ」
「みんな、僕の力わかるよね?位置情報を目視で把握できることが大事なので、無線とかじゃなくてこの信号弾が肝なんだ。必ず真上に撃ちあげてね。まぁどんなことがあろうと僕と聡明や絢ちゃん、豪太くんがいればなんともないのでこの信号弾のことだけ忘れずによろしくね〜」
磯前豪太がクラスのメンバーを回って一人一個づつ信号弾の筒を渡していく。
彼方も豪太から受け取ったが、その際に「頑張れよ!」と野球グローブみたいな手のひらで背中をバシバシと叩かれてよろめいた。
彼方は渡された信号弾の筒をぎゅっと握りしめた。
手のひらを通して、冷たくその重みが伝わってきた。
これからいよいよあの外敵たちと戦うのだと思うと、彼方は恐れと同時に心の中で沸々と湧き出る感情に気がついた。
ーーそれは、怒りだ。
復讐心、とも言えるだろうか。
もう記憶の片隅にしかない父や母の記憶。
平凡で幸せな人生を否応なく一変させた存在、外敵。
幼少期、たった一人で暗い穴倉のネズミのように隠れて生き延びた日々。
どうして僕だったのだろう。
どうして僕が生き延びたのだろう。
どうして僕が適応者になったのだろう。
天涯孤独のまま、他の適応者と比べて中途半端な能力で生かされた自分。
明確で明瞭なその原因は、外敵だ。
普段誰かにどんなことをされても、生きていて孤独でなければ「全然マシだ」と穏やかな感情でいられる彼方の心がざわめく。
外敵が全ての原因だーー、奴らを根絶やしにするまでこの心の中のざわめきは消えないだろうと予感がする。
これは明確な「怒り」だ。彼方は自身の胸の奥に底知れぬ「怒り」が横たわっていることに気がついた。
「彼方、大丈夫?」
よほど思い詰めた顔をしていたのだろう、木葉が朝と同じように整った眉を八の字に寄せて心配そうに彼方を見ている。
「ご、ごめん。ごめん、大丈夫だよ。ちょっと考え事していて」
「心配しなくても平気だよ。八雲さんの恩恵があれば確かに危険はない気がする。私たちは訓練に集中しよう」
木葉は彼方と熊野を見て「作戦は覚えているよね」と確認をした。
「うん!」
「おう!」
彼方と熊野はしっかりと頷く。
すると大きな声で磯前豪太が号令をかけた。
「全員信号弾はもったな!それじゃ開始だ!ゲート、開門!」
目の前にあった高さ3メートルはあろう重厚で厳重なゲートがサイレントとともに開く。
ゲートの上には物見櫓のような監視塔がついていて、両側で機銃を構えた自衛隊員がこちらに敬礼をしている。
開いたゲートの先にはなだらかな丘陵の草原が遠くまで広がっている。
その奥に富士山の山肌が見える。
そこにあるのは人間が追放された、人類が駆逐された土地だ。
特別警戒忌避区域、通称、特忌区域。
人が足を踏み入れてはいけない、天敵が住まう「忌み避けるべき世界」が広がっていた。
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