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第17話 天秤の魔女②

 栞が二人を簡易的な処置をして担架にのせると、そのまますぐに第一中隊のトラックに乗せて駐屯地の医務室まで二人を移送することにした。

 栞と中山がトラックの荷台に乗って帯同した。スペースの関係で負傷した自衛隊員はもう一台のトラックで搬送することにした。


 木葉は先ほどより症状が落ち着いているように見て取れて、担架でトラックに乗せられると栞の簡易処置のおかげか眠りに落ち、規則正しく静かに寝息を立てている。

 担架で寝ている彼女はどこをみても高校1年生の幼さの残る少女で、先ほどのような表情と似つかない。


「魔女だって。誰かがこの子の事を『魔女』って言っていました」


 緊張の連続からか栞は脱力してトラックの幌にもたれて座り込み、揺れに身を任せながら呟くように言葉を吐いた。先ほどの木葉の充血した瞳が脳裏から離れない。


「誰が言い初めたんでしょうね…」


 中山も流石に疲れが出たのか、そう言うと大きくため息をついて、栞と同じように幌に寄りかかった。

 そうしてしばらく寝ている木葉を見つめていたが話し始めた。



「我々は彼らの恩恵を4段階に区分して把握、管理しています」

「我々?」

「自衛隊、内閣情報調査室、日本国政府。適応者に関わる我々『大人たち』です。前に話した通り、適応者は外敵への抵抗手段でありながら、次世代の国家バランスを綱引きする新勢力であり、研究活用によっては新技術になる可能性があります。どこの国でも厳重に管理、研究をしています」


 栞の脳裏に、昨日のことなのに随分と前だと感じる、「まるで実験対象」を語るかのような綱島の言葉が思い出される。


(ーーご存知の通り貴重かつまだ不分明な点も多い存在でもあります)


「我が国の恩恵の4段階は、C級、B級、A級、そしてS級に分かれています。複合的ですが、外敵駆除での攻撃力、有用性、汎用性、他恩恵との連携性、そして希少性など、さまざまな要因を元に『この恩恵はA級』『この恩恵はB級』というように決めています。このランクを元に外敵駆除の作戦チームを編成したり、国際舞台での情報のトレードの出し入れの基準として使ったりしています。今度の国際会議ではB級の最新情報までは共有しよう、みたいなことです。C級よりB級、B級よりA級が一般的に『強く』て『有益』だからです」


 中山は言葉を切って、説明の言葉を選ぶように少し間を開けた。


「ただ、A級とS級は単なる強弱の違いではありません。例えば伏見の火炎の恩恵は非常に稀有な攻撃力を持つ唯一無二の存在ですが、我々の分類だとA級になります。S級ではない。その違いは恩恵能力が引き起こす現象事象が『超常』であるかどうか、です。いくら攻撃力が高くても火炎は突き詰めると燃焼現象です。つまり、どうやって『燃やしている』かは原理も理屈もさっぱり分かりませんが、『燃える』という恩恵が引き起こす現象そのものは人類が科学的に解明している一般的な自然現象です。ところが恩恵の中には『どうやっているか』がわからないのは元より、『何が起こっているか』そのものが解明できないものがごく一部あります。これまでこの地球上にはなかった現象だからです。それを我々は『S級』としています」


「瞬間移動とか?」と栞は思い当たって尋ねる。


「まさに。丈二郎ガルシア八雲は正しくS級恩恵適応者です。彼自体はもともと米軍所属なので米国は瞬間移動の恩恵をもちろん把握していますが、本来はS級恩恵は国家機密です。実際、八雲が彼の意思で自衛隊に移籍した時はかなり大きな国家間の問題になりました。本来は何があっても他国や敵対陣営に恩恵そのものが渡らないようしなくてはいけません。自国でS級恩恵を保有し、ゆくゆくはその現象を解明してその力を我が国が手にする。そういう対象です。S級は確認できている数そのものが希少で、今後の解明によっては国家の命運を握る貴重な能力とされています。そんな中でも白兎木葉はさらに特別です」


 患者を過度に揺らさないようにゆっくりと走るトラックの荷台に静かなエンジン音が響く。

 栞は中山の言葉の続きを待った。

 一体どのような能力があのような奇跡を体現させたのか。

 中山が言い淀んでいるのがわかる。それほどの機密事項なのだ。



 やがて中山は気持ちを決めたのか言葉を続けた。


「彼女の力は単に誰かを治癒するのとは訳が違う特殊な力です。彼女の恩恵の正体は『分配』です。分けて配るんです。痛みも病も。先ほど彼女がしたのは『傷痍』そのものを負傷者と自分に配分したのです。公平に半分づつ分け合った。だから重症の彼は半分回復して、その分白兎は負傷した。彼女は人の痛みや苦しみを人から人に分けることができる。『魔女』というのは異名の一部だけらしくて、端折らずには『天秤の魔女』と言われているそうです。ご存知の通り、適応者の身体能力は著しく向上していますが、同じく治癒力についても非常に高くなっていることがわかっています。彼らは怪我をしても、一般人よりはるかに早く傷痍から回復します。白兎も、もうすでにさっきの状態から少し回復をはじめていると思います。先ほどの負傷状態でも恐らく明日には歩けるようになっているはずです。ただ、だからと言ってもそれは早く治るだけであって、『痛み』も『苦しみ』も我々一般人と同じです。彼女は人の傷を自分で体を張って背負うことで誰かを癒している。耐え難い痛みや苦しみとともに。だから、彼女がしたことは、魔女と呼ばれるような行為じゃ決してないんです」



 中山は言葉を切って白兎をしばらく見つめたあと、意を決したように告げた。



「木葉はS級恩恵に認定されています。ただ、S級の中でも彼女はさらに特別です」


 中山は栞を見る。

 栞にはその目に強い怒りが宿っているのがわかった。


「彼女はSS級。その意味は、他国流出の危機の際には生死を問わず、です」


「え…どういうことですか?」


「白兎が国外の勢力に渡るようなら殺す。この子は、自国外に流出する危険がある場合は暗殺対象にする、国がそう決めた唯一の適応者なんです」



 栞は中山の発言に理解が追いつかず声が出なかった。


 トラックが減速して駐屯地の医務室のある施設に近づく。

 路面の凹凸で車内が大きく揺れる。

 中山は独りごちるように続ける。


「大人は勝手ですよね。特別な子供だからと勝手に連れてこられて、無理やり戦わされて、それで自分たちの物にならないなら殺す」


 栞たちを乗せたトラックは完全に停止しエンジンが切られた。

 静まった車内の束の間、中山の言葉が響く。


「この子達は、誰のために戦っているんでしょうね」

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