柔らかな光に触れ
変わったほうがいいのかもしれない。でも、変えたくないとも思っていた。
穏やかな日々は確かにそこにある。けれど、どこか満たされない何かが胸の奥にひっかかっている。
「このままでいいのかな」と問いかけながらも、答えを出す勇気もなく、ただ時が流れていった。
そんな彼女の心に、ある夜、ひとつの光が差し込む。
それはまだ、迷いとためらいの中にある、けれど確かに温かい出会いだった。
12月半ば、街はまるで夢の中のようにきらびやかだった。クリスマスが近づくと、人も街も少しだけ浮かれて見える。
花音は、友人に誘われた飲み会の二次会に参加していた。人混みの中、あたたかい空気に包まれた小さなカフェバー。クリスマスソングが控えめに流れている。
その時、軽やかな笑い声が聞こえてきた。振り返ると、数人の男女の中心でひときわ存在感を放つ男がいた。黒髪をラフにセットした明るい目の青年。気さくな笑顔で、場を盛り上げている。
「…楽しんでる?」
突然声をかけられた。気がつけばその男が花音の隣に座っていた。自然すぎて、いつから隣にいたのかもわからなかった。
「あ…うん、まぁ…ぼちぼち?」
そう答えると、男は笑って「ぼちぼちか〜、もったいない!」と、軽く花音の肩をポンと叩いた。思わずビクッとした花音だったが、不思議と嫌な感じはしなかった。それどころか、心がふっと軽くなったような気さえした。
「翔真っていいます。羽生翔真。で、あなたは?」
「山科花音…です」
「花音ちゃんか。名前まで可愛いじゃん」
その言葉に、花音は頬が少し熱くなるのを感じた。軽い、と思いつつも、笑顔の奥にあるまっすぐな視線が妙に心に残る。
話し出せば、あっという間だった。趣味、好きな映画、最近ハマってるお菓子の話――どれも他愛のない話だったのに、どうしてか楽しくて、笑いが止まらなかった。
「花音ちゃん、笑い方可愛いね。もっと見たいなって思った」
自然に肩を寄せてきて、指先が少し彼女の腕に触れる。近い距離にドキリとしながらも、花音は自分がそれを拒んでいないことに気づいていた。
会話のテンポも、間のとり方も、何もかもが心地よかった。彼の冗談に笑っている自分、いつの間にか表情がやわらかくなっている自分に、花音はちょっと驚いていた。
一方で、花音の胸には霖太の存在があった。大切な人。でも最近はすれ違いばかり。デートに誘っても仕事が忙しい、疲れているという理由で断れることもあった。そして、いつしか話しかけることすら気を遣うようになってしまっていた。
彼を嫌いになったわけじゃない。愛情がなかったわけでもない。けれど――
「今日が、ずっと続けばいいのに」
花音がそう思ってしまったその瞬間、自分の気持ちが傾いていたことを、彼女は誰よりも自分自身がわかっていた。
◆登場人物◆
土井霖太:誠実で真面目な性格だが、仕事に追われるあまり大切な人への感謝の気持ちを忘れがち。花音と同棲し、将来を考えていたが、次第にギクシャクし始める。
山科花音:明るく社交的で、周囲との関係を大切にする。霖太と共に過ごす日々の中で、だんだんと違和感を感じ始め、運命の出会いをきっかけに心が揺れ動く。
羽生翔真:明るく社交的な性格で、どんな場でも自然に人を引きつける。ユーモアを交えた会話で周囲を和ませる存在。花音と出会い、彼女に心惹かれていく。