ふたり暮らし
人生が少しずつ重なりはじめる。
ちょっと背伸びした“ふたり暮らし”が、少しずつ日常になっていく。
霖太と花音が付き合い始めて、約3年。
「そろそろ、一緒に住んでみない?」
そんな霖太の言葉に、花音は少し驚いた顔をしたあと、嬉しそうに微笑んだ。
それから始まった部屋探し。お互いの通勤の距離、日当たり、間取り、予算――「ここはベッドが入らないね」「ここのキッチン狭すぎるよ」なんて言いながら、何件も内見を重ねた。
「ここ、どう?リビングと寝室が分かれてるし、駅は遠いけどバス停が近いよ」
「うん、しかもこの白いの床、ちょっといい感じだよね。落ち着くっていうか」
やっと決まったその部屋に、ふたりで初めて足を踏み入れた日。空っぽの部屋に響く靴音さえも、未来への期待をくすぐった。
「ここにソファ置こうよ。ふかふかのやつ!」
「いいね。テレビはここ、ダイニングテーブルはこっちかな……あ、観葉植物とかも置きたい」
IKEAの家具売り場ではしゃぐ花音の横顔を、霖太は少し照れくさそうに見つめていた。
「ねえ、こうやって“ふたりで暮らす”って、ちょっと大人になった感じしない?」
「……うん。すごくする。なんかさ、やっと人生がちゃんと始まった気がする」
花音はそんな彼の言葉に驚いたように瞬きをして、それから小さく笑った。
引っ越し当日、まだダンボールが積み上がった部屋で、ふたりは家の近くで買ったネギ醤油とポン酢のたこ焼きを並べて床に座った。テーブルもない、照明も仮のままの殺風景な空間。
それでも、どこよりも暖かかった。
「ここが、私たちの家なんだね」
「うん。これからここで、一緒に生きてくんだなって思うと……変な感じだけど、嬉しい」
その夜は布団も敷かず、ソファで寄り添うように眠った。ぎこちなくて、不便で、不安もちょっとだけあって――でもそれ以上に、希望がいっぱいだった。
その時間が、これからずっと続くはずだった。
霖太も、花音も、疑うことなんて何ひとつなかった。
◆登場人物◆
土井霖太
山科花音