山頂の誓い
一歩一歩が重く感じられる登山道を、ふたりは共に歩んだ。息が上がり、足元が不安定になるたび、互いに支え合いながら登ってきた。この瞬間に込められた思いは、ただの疲れや寒さでは測れない。たどり着いた先には、息を呑むような絶景が広がっている。だが、目の前の風景よりも、もっと大切なものがここにはある。霖太は、その思いを胸に秘めて、最後の一歩を踏み出した。
太陽が、雲の隙間からゆっくり顔を出した。
澄んだ空気が肺いっぱいに満ちて、鼓動が耳の奥で小さく鳴る。朝焼けが、山肌を黄金色に染めていた。
ここは、富士山の山頂。雲の上にいるような、不思議な浮遊感。世界でふたりきりになったような、そんな気さえする。
「……来てよかったね」
隣に座る彼女が、軽く息を切らしながらも微笑む。その笑顔は、登ってきた疲れも寒さも全部吹き飛ばすほど優しかった。
「うん。最高の景色だ」
霖太はザックの中から、小さなケースをそっと取り出した。ポケットに忍ばせていたそれは、彼の手のひらの中で微かに震えているように思えた。
「実はさ、ここで言おうって、前から決めてたんだ」
「え?」
彼女が不思議そうに見つめ返す。霖太は深呼吸を一つして、ゆっくりとケースを開いた。
中にあったのは、シンプルな銀のリング。華奢なダイヤが一粒だけ光る、小さな指輪。
「これからも、疲れた日も、笑えない日も、一緒に楽しく過ごしていきたい。
あなたとなら、どんな未来でも乗り越えられるって思ってます。
……結婚してください。」
一瞬の静寂。風の音が、ふたりの間をふわりと通り抜ける。
そして次の瞬間、彼女は小さく頷いた。
「……はい、よろしくお願いします」
言葉は短くて、けれどとても強かった。
霖太の目に、自然と涙が滲む。
ああ、幸せって、こんなふうにじんわり胸に広がるんだな。
あの痛くて寂しい経験の後で、初めてそう思えた朝だった。
太陽が昇りきり、ふたりの影がゆっくり伸びていく。この先に何が待っていようと、この人となら、たぶん大丈夫。そう思える確かな予感が、冷えた頬をそっとあたためていた。
◆登場人物◆
土井霖太