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第3話 皮肉だらけの会話①

 あれから数日が過ぎたが、レティシアとカイルの婚約関係は少しも変わらないまま続いている。表向きは「仲睦まじくはないが、とりあえず婚約者同士ではある」という微妙な立ち位置に置かれているのだが、内実としては相変わらず険悪に近い。もっとも、本人たちに言わせれば「こんなのは険悪でも何でもない。ただの会話だ」とのことらしい。


 だが、周囲からすれば両者のやり取りはどう見ても「口喧嘩」にしか映らない。例えば、ちょっとした来客のタイミングで二人が顔を合わせると、ほぼ確実に皮肉や嫌味が飛び交い始めるのだ。


 この日も、伯爵家の玄関ホールにカイルが訪れ、レティシアとちょうど鉢合わせになった。ここしばらく、彼は「社交界の場に出るよりは、直接伯爵家の屋敷に行ったほうが建設的だ」と父親から言われており、いやいやながらも顔を出すことが増えていた。そのたびにレティシアもまた、嫌そうな顔を隠しもしない。


「また来たの? あなた、わざわざこんなところまで足を運んで楽しいのかしら」

「楽しいわけないだろう。仮にも俺の婚約者とされているお嬢さんに挨拶しろという命令だから来ているだけだ。……それにしても相変わらず無愛想な出迎えだな」

「わたくしとしては、これ以上ないくらいの歓迎ムードを醸し出しているつもりだけれど。あなたには分からないかしら」

「はは、ずいぶんと貧相な歓迎だ」


 この「皮肉合戦」の幕開けを目撃した使用人たちは、今日も苦笑いを浮かべながら姿を消していく。というのも、以前までは一言一句にハラハラしていた彼らも、最近ではもう慣れてしまい、「ああ、また始まったな」と心の中で思う程度になったからだ。


 案の定、そこから二人の言葉の応酬が始まる。日々、些細(ささい)なことをきっかけに突っかかり合うため、会話そのものがとげとげしく感じられるのは否定しようがない。だが、不思議なことに一方的な罵りではなく、きちんと「受けて投げ返す」リズムがそこに存在している。


「ところで、今日の服装はまたずいぶん派手じゃないか。伯爵家のご令嬢は人目を引くためなら手段を選ばないのか?」

「あなたに見せるつもりなどこれっぽっちもありませんけれど。あいにく、わたくしは自分が着たいと思うドレスを選んでいるだけよ。気に入らないなら見なければ?」

「見たくなくても目に入るんだよ。……いや、俺も特別嫌いだと言っているわけではない。ただ、それほどまでに目立つ服で何をするつもりか、少し気になっただけだ」

「何もするつもりはないわ。退屈な面会に仕方なく呼ばれただけなんですもの。せめて自分の機嫌をとるためにも、着飾るぐらいは許してほしいところね」

「なるほど、ご立派な心がけだな」


 互いに嫌味を言い合いながら、なぜか会話が成り立ってしまうのが二人の特徴だ。周囲の誰かが口を挟もうものなら、途端に空気が凍りつきかねないが、レティシアとカイル自身はどこ吹く風である。


 そんな日常が続くにつれ、屋敷の使用人たちは二人を見てこう思うようになった。「あれで本当に仲が悪いのだろうか」と。というのも、まったく噛み合わないように見えて、言葉のテンポが不自然なほど合っているのだ。相手の言葉を遮らず受け止め、それに対してさらに皮肉で返す。それはまるで、嫌味の応酬という形をした“会話のキャッチボール”だった。


 もっとも、当の二人にしてみれば、「相手と会話が噛み合っている」などという自覚は微塵もない。レティシアは強情なまでに、カイルとの結婚話に納得していないのだから当然だ。彼女の内心には、ずっと捨てきれない反発心が渦巻いている。


「勝手に決められた婚約に振り回されるくらいなら、いっそ破談にでもなってくれればいいのに」


 レティシアは深夜、眠りにつく前にベッドの上で独り言をつぶやく。思い返せば、伯爵家の父と母はこの縁組を心底喜び、公爵家の父も「これ以上の結びつきはない」と大満足の様子だ。だが、自分はどうだろう。伯爵家の娘であるからには、それなりに責任や義務があるのは分かっている。だが、だからといって相性が良いとは思えない相手と結婚し、終生を共にするなど想像すらできない。


 けれど同時に、「なぜあそこまで言い合っているのに会話が止まらないのか?」という疑問も頭をよぎる。普通なら「ああ、嫌い」で終わりそうなものを、つい言葉を返してしまうのはなぜなのか――。


 レティシアは答えを出せぬまま夜を過ごす。一方、カイルの方もまた似たようなことを考えていた。


 公爵家の邸宅は、伯爵家よりもさらに広大で、親族や使用人の数も多い。しかしカイルは幼い頃から家族との会話が少なく、まして使用人とも必要最低限以上に口を利かない。そんな彼が、ここ最近は伯爵家の令嬢とまるで毎日のように言葉を交わしている。それもやり取りの大半が嫌味や皮肉だとはいえ、これはカイル自身にとっても異例の事態だった。


「結局、嫌われ者同士ということなのか。くだらない」


 寝室の机に広げた書類の上に視線を落としながら、カイルは低く息を吐く。父親や周囲の重圧によって、幼い頃から自分の感情を抑え込む癖がついてしまった。人と関わるのは面倒でしかないし、どうせ誰も真意など汲み取ろうとしない――カイルはそう割り切って生きてきた。


 ところが、あのレティシアだけは違う。彼女は自分を取り(つくろ)うことなく、言いたいことをまくし立てる。それがカイルにとって心地良いかと問われれば、決してそうではない。むしろ辟易するほど口うるさい。それでも、全く嘘のない言葉には奇妙な魅力があるようにも思えてしまうのだ。


「俺は何を考えているんだ。面倒だと言ったら面倒なだけのはずだろう」


 寝台に腰を下ろしながら、カイルは自嘲するように小さく笑った。結局、現時点で二人の気持ちは噛み合っていないし、結婚に対する熱意など皆無なのは間違いない。だが、顔を合わせればどうしようもなく言葉を交わしてしまう。いわゆる「嫌いな相手」に対する行動としては、いささか不可解だった。

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