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婚約者が性格最悪すぎるので、わたしも全力で毒舌返しします!  作者: ぱる子


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最終話 二人が歩む未来への幕開け①

 薔薇の花が咲き競う初夏の庭園。そこには伯爵家と公爵家の紋章があしらわれたテントが立ち、何人もの使用人が忙しなく行き来していた。もうすぐこの庭で結婚式の準備が始まるということで、広々とした敷地のあちこちに飾りつけが進められているのだ。


 少し離れた場所から、ふたりの姿が見える。金色の髪をゆるく束ね、純白の仮縫いドレスを羽織ったレティシアと、漆黒の礼服の上から銀糸の装飾をまとったカイル。だが、ロマンチックな光景を期待した者は拍子抜けするだろう。なにしろ、彼らは大きなテーブルに並べられた資料やスケジュールを見つつ、いつものように毒舌を飛ばし合っている。


「どうしてこんなに式の招待客が多いの? わたしがこんな大人数相手に笑顔を振りまくとでも思っているのかしら。面倒くさくて仕方ないわ」

「黙れ。そもそも『貴族の立派な結婚式』というのはこういうものだろう。嫌なら自分で説明して回ればいい。俺はむしろ、さっさと済ませたいくらいなんだが」

「勝手に話を進めたのはそっちの親じゃないの? わたしが望んで盛大にやるわけじゃないのに」

「おまえの父だって乗り気だったんだろうが。どちらにしろ大がかりになるのは避けられない。気に入らないなら、『結婚なんてやめる』って(わめ)けば?」

「言うわけないでしょう。いまさら破談にしてどうするのよ。これまで散々苦労してきたのに」


 嫌みと皮肉が交錯するたび、使用人たちは遠巻きにそっとため息をつく。結婚式の準備といえば、ふつうは新郎新婦が笑顔で談笑しながら進めるものと想像しがちだが、この二人の場合、口を開けば(ののし)り合いばかり。それでも、そばで見ていると、なんだか不思議と(いびつ)な調和を感じるのである。


 もっとも、この様子を客観的に見て「本当に仲が良いのか?」と疑問を抱く者は多いだろう。しかし、両家の親や近しい者たちはもう諦めている。「ああ、これが彼らなりの愛情表現なんだろう」と苦笑するしかない。それに、当人たちに悪気はないのだから始末に負えない。


「ところで、おまえのドレスはずいぶん派手だな。細部までリボンやビーズが付いていて、まるで城の舞踏会でも開くみたいだ」

「ふん、あなたにとやかく言われたくないわね。どうせわたしのために着飾るんじゃなく、自分が注目されないと嫌だから派手な礼装を選んだんでしょう?」

「まさか。俺はただ『結婚式らしい格好をしろ』と命じられただけだ。むしろおまえのほうこそ、これみよがしに花をあしらっているくせに照れているのが丸わかりだぞ」

「だれが照れているものですか。……ああ、うるさいわ。もう勝手に言ってなさいよ」


 とは言いつつも、レティシアはほんの少し頬を赤らめている。その変化に気づいたのか、カイルはどこか満足そうな笑みを浮かべた。こうして一通りの言い合いを済ませると、二人は再びテーブルに視線を戻し、招待客の配置や式の進行を確認していく。


 最初はまったく気が乗らなかったこの式だが、互いに喧嘩腰で打ち合わせを重ねるうちに、一見するとスムーズに進んでいるのだから面白い。周囲には「毒舌を交わしながらも、作業は止まらない」と評され、まさに「性格の悪い二人が組むと厄介だが仕事は早い」の典型例となっていた。


 やがて夕方が近づき、青空が少しずつオレンジの光に染まってくるころ、レティシアはドレスの裾を持ち上げて庭の奥へ歩み出した。ここは人目が少なく、背の高い樹木が木陰を作っている。結婚式の会場となるテントからはやや離れているため、誰もいない静かな場所だ。


 追うようにやってきたカイルが、「おい、勝手にどこに行く?」と声をかける。


「別に。ちょっと疲れただけよ。あなたこそ、わたしを放っておけばいいのに」

「そう言いつつ、これまで俺が放っておいたら怒っていただろうが。面倒くさい女め」

「ふん、言わなくてもわかっているならいいわ」


 口論とも思えるやり取りをしながらも、二人は大樹の下で歩みを止める。遠くでは式の準備がまだ続いているようで、人々のざわめきがかすかに聞こえてくる。夕陽に照らされた花畑が周囲を彩り、まるで舞台の幕間のような空気だ。


 レティシアはさりげなく頭の飾りを直し、カイルは不機嫌そうな顔で腕を組む。少しの沈黙が流れたあと、彼女がちらりと相手の横顔をうかがった。


「……ねえ、わたしたち、本当に結婚するのよね」

「ああ、そうだ。いまさら取りやめる気か?」

「違うわよ。確かに面倒だと思っていたけれど、最近は……少しだけ『悪くない』と思えてきた。それだけ」

「ふん。そうか。俺もそれなりには覚悟しているさ。一生おまえの毒舌を聞かされるんだから、たまったもんじゃないが……他の誰かに聞かせるのはもっと腹が立つ」

「何それ。あなた、もしかしてわたしを縛りたいの?」

「さあな。ただ、おまえが側にいないと退屈な気はする」


 互いに素直な愛の言葉など交わさず、どこか(ゆが)んだ形で相手を認め合う。それでも、その小さな会話の奥には揺るぎない情熱が潜んでいることを、二人はもう否定できない。特に破談騒ぎを乗り越えたあの日から、どれほど嫌味や皮肉でごまかしても、胸の奥にこみあげる相手への感情だけは隠しきれなくなっていた。

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