第13話 二人だからこそのハッピー(?)エンド①
伯爵家の庭園が白いテーブルクロスと色とりどりの花で飾られ、いつもよりいっそう華やいでいる。冬の気配が近づき始めた王都だが、この日は穏やかな晴天に恵まれ、青空の下でさわやかな風がさっと吹き抜けた。
そんな庭に集まっているのは、両家の親族や近しい貴族たち。それぞれ軽食をつまみながら談笑しているが、その視線は落ち着きなくあたりを探っている。何しろ本日のメインイベントはまだ始まっていないのだ。そう、伯爵家令嬢・レティシアと、公爵家の跡取りであるカイルが「何やら重大な発表をする」との噂が広まっており、皆こぞってこの場に集まっているのである。
もっとも、当人たちがどんな形で登場するのかは、今のところ誰も知らない。二人が連れ立って真っ当に現れるのか、あるいはまたどこかで言い争いをしているのか――周囲の期待と不安が入り混じるなか、噂好きのご婦人たちはせわしなく目を走らせていた。
「破談騒ぎからの復縁宣言で、ようやく落ち着いたかと思ったら、今度は改めて『特別な言葉を交わす』ですって? 本当かしら」
「さあ。でもあの二人だから、ただの和気あいあいな場にはならないでしょうね」
「おほほ、また毒舌の応酬かもしれないわ。でも、あれが彼ららしいのよね」
そんなささやきを、庭の木陰で聞き流しながら、カイルは深呼吸をしていた。黒を基調にした、いつもより少し豪奢な礼服に身を包み、その瞳にはどうしようもない緊張がちらついている。
隣で立っているのはレティシア。淡いグレイッシュブルーのドレスに金色の髪をまとめ、愛らしい微笑み――ではなく、どこか不満げな表情を浮かべているのは相変わらずだ。
「ねえ、なぜこんなに大勢の人を呼んだの? わたしは内々で済ませればいいって言ったのに」
「うるさいな。伯爵家の親も俺の父も『どうせなら、きちんと形を示しなさい』と五月蝿いんだ。おまえこそ、ここまで来て逃げるつもりじゃないだろうな」
「逃げないわよ。たとえ逃げても、こんな庭じゃすぐ捕まるでしょうし。……ただ、注目されすぎて落ち着かないだけ」
「落ち着き? おまえにそんなものがあると思えないが」
「何ですって? ……いいわ、いまさら引き返せないんだから、どこまでやるか見せてちょうだい」
二人は微妙な距離を保ちながら、庭の中央へと姿を現した。すると、待っていたかのように周囲のざわめきが増大する。破談騒ぎを乗り越え、婚約継続を宣言したばかりの二人が、この日に何を話すのか――誰もが耳をそばだてているのだ。
やがて、伯爵家の父親が笑顔で一言あいさつを述べ、「どうやら皆さまがお待ちかねのようです。さあ、二人とも、よろしいですね?」と控えめに促す。
その瞬間、レティシアは大げさにため息をつき、「わかったわ、まったく……」とつぶやくと、少し身を乗り出して貴族たちを見渡した。
「本日は、わたしたちの都合にお付き合いいただいてありがとうございます。あれこれ騒動がありましたが、わたしとカイルが婚約関係を続けると決めたことは、皆さんもご存じでしょう。……ですが今日は、もっとはっきりと『この先』のことを話そうと思います」
彼女の声ははっきり通り、庭中の視線が一斉に集中する。普通ならここで感謝や愛の言葉が流麗に語られるのだろうが、レティシアは「はあ」と息を吐いた。
「とは言え、わたしが情熱的な宣言をするとでも思っているのかしら? 残念ながら、そんな趣味はないのよね。むしろ、嫌味くらいしか出てこない」
「こんな場で嫌味を言われたら、たまったものじゃないな」
合いの手を入れるのはもちろんカイル。ちらりと視線を交わしたあと、彼もまた低い声で続ける。
「俺からも一つ言っておく。正直、結婚なんて面倒なだけだと思っていたし、おまえみたいな口うるさい女を一生相手にするなんて考えもしなかった。……だが、もう逃げられないらしい」
「なっ……最初から逃げる気だったの?」
「まさか。誰がこんな騒がしい娘をわざわざ相手にするか、と思っていたが、どういうわけか離れられない。もし他人が『やめておけ』と言っても聞く耳を持つつもりはない」
周囲がざわつく。いきなり「面倒」だの「離れられない」だの、告白としては相当ひねくれた言い回し。だが、それがかえって二人らしいという意見もあり、同時に「これは本音なのでは?」と感じる人も多い。
レティシアは少し顔を赤らめながら、コホンと咳払いをする。
「ええ、そうね。正直言うと、わたしもあなたと結婚する未来など想像していなかったわ。性格の悪い自分同士、噛み合わないだろうと決めつけていたし……でも、結局は周りが何を言おうが、あなたと口喧嘩しないと退屈だって気づいたの」
「退屈? 俺と居ると、むしろ嫌がるかと思ったが」
「嫌よ。でも、ほかの誰にもわたしは寄りかかろうと思わないもの。それって、要するにそういうことでしょう?」
「はは、なにが『そういうこと』だ。回りくどいな」
「お互いさまでしょ」
二人の言葉はどこまでも刺々しく、それでいて妙に甘い。見ている者は呆気に取られながら、なんとも言えない雰囲気に引き込まれていた。
やがて、カイルが少しだけ笑みを浮かべ、言葉を継ぐ。
「というわけで……レティシア、これからもおまえにずっと口喧嘩をふっかけられ、余計な世話を焼かされて、面倒くさい日々を送るつもりだ。『選択の余地はない』とでも言うか。ああ、もちろん、俺がその気になればいつでも切り捨ててやるさ」
「切り捨てられたら困るわ。いろいろ手段を持って、あなたを強引に引き戻してやるわよ。……いいの? カイル、逃げ道はないわよ?」
「逃げる気はない。おまえを誰に渡すのも腹立たしいからな」
ここまでのやり取りを聞いて、拍子抜けした表情の貴婦人たちは「これって……プロポーズ?」とささやき合う。周りの若い令嬢の何人かは、ロマンチックな言葉を期待していたらしく、「あんな言い方で大丈夫なの?」と耳を疑っている。
しかし、二人はお構いなしだ。レティシアが背筋を伸ばし、まるで挑むようにカイルを見据えながら口を開く。
「わたし、あなたに求婚されたからと言って舞い上がるつもりはないわ。……でも、面倒な相手なら面倒なりに、ずっと側にいてくれたほうが都合がいい。だから、あなたはわたしの運命と思って受け止めなさい」
「言ってくれるな。俺のほうが先に、ずっとおまえを面倒くさがってた。……なのに、気づけば一生付き合ってやろうと思ってるんだから、これはもう病気だろう」
「それでもいいわ。病気だとしても、治す薬なんて望んでないもの」
二人の会話は、どう見ても睦まじいカップルの甘いささやきではない。周囲の貴族たちは「はあ」とため息をつきつつ、「だけど、あれこそ二人ならではかもしれない」と納得するしかない雰囲気でもある。




