第11話 息ぴったりの連携③
ひとまず、これで二人を破談させようとする陰謀は白日の下にさらされ、社交界でも彼らの婚約をあれこれと脅かす動きは鎮静化するだろう。まさに痛快な大逆転劇だ。
夜会の主人役である侯爵家が、「この度はとんだ不埒者を招いてしまい失礼を」と頭を下げてくると、カイルはそれを軽く受け流し、レティシアは上品な笑みで応じる。ちらりと彼女がカイルに顔を寄せて、ささやくように言った。
「どう? 思ったより派手になったけど、これで大丈夫そうね。あなた、騒ぎは苦手だと言っていたわりに、ずいぶんノリノリだったじゃないの」
「……仕方ないだろう、レティシア。ここまで踊らされたんだ。徹底的に叩き潰してやらないと気が済まない」
「ふふ、カイル。あなたらしいわね。まあ、わたしもやりすぎたかもしれないけど」
「いや、むしろおまえが足を引っ張るかと心配したが、そこは『意外にも』期待以上だった」
「いちいちムカつく言い方ね。でも……そういうところ、嫌いじゃないわ」
二人は相変わらずの毒舌を交わしながらも、お互いを助け合うときには抜群の連携を見せる。周囲からは「性格の悪い二人」と敬遠されながらも、どこか微笑ましく思われているようだ。
華やかな夜会での逆転劇を終え、レティシアとカイルはそろってホールの隅へ移動する。正式な挨拶を終えたあと、ちらほらと人々が二人に話しかけてくるが、適当に受け流してしまう。そのうち、いつの間にか周りから人がいなくなり、二人だけの小さな静寂が生まれた。
「……これで、一応わたしたちを引き裂こうとする輩は大人しくなるわね」
「ああ。破談なんて言わせない。もっとも、おまえが本当に望むなら別だが」
「べ、別にわたしは、まだ決めていないわよ。だけど……とりあえず、あの雨の日みたいにもう逃げ場のない状況は嫌だもの」
「はは、雨の日か。思い出させるな。おまえがあんなに震えていた姿を、誰にも言わないでおいてやっただけありがたいと思え」
「何よ、それ。……余計なこと言うと、わたしだってあなたの不器用さをバラしてあげるんだから」
またしても口喧嘩に見える会話だが、言葉の奥にはどこか優しさが混ざっている。まるで、当初は相容れないと信じてきた者同士が、今さら歩み寄るきっかけを探しているかのようだ。
周囲では「やっぱりあの二人は嫌われ者同士だわ」とささやかれているが、それもそれで悪くない。嫌われ者らしく毒舌を楽しみながらも、誰にも入り込めない強固なタッグを組んでいる。それが二人にとって自然な在り方に思えてくる。
「さて、もう少し騒ぎを見物していく? それとも、さっさと帰る?」
「帰りたいなら先に帰れ。俺はもう少し、この光景を堪能する。……ああ、そうだ。おまえは俺の馬車で送ってやる。せっかく来たんだから、一緒に帰ってやるさ」
「ふん……なにを勝手に決めてるの。わたしこそ自分の馬車できたんだけど?」
「そうか。まあ、好きにするがいい。せっかくだから少しは俺に付き合えよ。それが『共闘』ってやつだろうが」
言葉尻は乱暴だが、その奥に「一緒にいてくれ」という遠回しな気遣いが透けて見える。レティシアはそれを感じ取ってかすかに笑みを浮かべ、ため息混じりにうなずいた。
「……仕方ないわね。まあ、今夜はもう一人で帰っても味気ないし、あなたがそこまで言うなら付き合ってあげるわ」
「助かる。そっちこそ、騒動を起こした割には少し寂しそうじゃないか」
「誰が寂しいですって? 口の利き方、もうちょっと考えたら?」
「考えるものか。おまえの態度だって相変わらずだろうが」
こうして二人は、再び周囲を巻き込みながらも強烈な存在感を示す。破談の危機を生んだ陰謀は、みごとに打ち砕かれ、むしろ彼らの結束を強める結果となった。
それが「本当の和解」や「心からの愛情」と呼べるかどうかはわからない。だが、互いの存在を否定しきれないという事実だけは、もう十分に突きつけられている。最悪の性格同士が手を組むとき、周囲には手のつけられない圧倒的な力が生まれるのだ――そのことを、今宵の社交界はまざまざと見せつけられた。
毒舌や嫌味は未だ絶えない。けれど、その裏にはほんの少しだけ温もりが潜んでいる。そして、それは誰にも踏み込めない二人だけの領域となって静かに育っているのかもしれない。彼らがもう少し素直になれる日が来るのかどうか。それは、まだ先の物語で明らかになるだろう。




