第11話 息ぴったりの連携①
冷たい風が吹きつける冬の入り口。伯爵家の屋敷では、レティシアが書斎に閉じこもり、ある書類を睨みつけていた。先日、カイルと街角で大喧嘩をした末に、互いの胸のうちを少しだけ吐露して終わったまま。関係修復もままならず、婚約破談は確実――周囲はほぼそう見なしていたが、レティシア自身は未だ行動を起こしていない。
なぜなら、あの別れ際にカイルから受け取った「手がかり」が、胸に引っかかっていたのだ。ほんの短い言葉とともに渡されたのは、奇妙な手紙の断片。彼のもとに届いていた謎の手紙と合わせ、どうやら破談を狙って暗躍する人物の存在が浮かび上がるらしい。
「……まったく、あの男はもっと手短に説明できないのかしら。あれだけ言い争いをしておいて、証拠だけ渡して黙って去るなんて」
握りしめた書類には、フェリクスやクラリッサらの名が微妙に関わる噂話が断片的に記されている。そこには金銭や書状のやり取りを示唆する情報が含まれ、さらに伯爵家と公爵家の間に虚偽の告発をする計画の詳細がちらついていた。
これが確かなら、二人の婚約を破談へ導こうとしている勢力が、先のスキャンダル紛いの手紙をでっち上げた張本人かもしれない。レティシアは書類を読み進めるほど、苛立ちが増していくのを感じた。陰謀を張り巡らし、嘘の噂を広めて二人を引き離す――なんという卑劣なやり口。心底、腹が立つ。
「いいわ。そういうことなら、このわたしがとことん叩き潰してあげる。……ただ、このままじゃ足りないわね」
問題は、手がかりがあまりにも断片的で決定打に欠けること。そこで思い出されるのは、同じように苛立ちを抱えながらも、自分にこの証拠を手渡した「最悪の相手」――カイルの存在だ。
かつては反発だけで会話を終わらせてきたが、先日の一連の出来事で互いの胸のうちの一部をさらけ出している。もう、まったく無関係として背を向けられる状況ではない。彼に会って話を詰める必要があるのは、頭でわかっていた。
「嫌だけど、しかたないわね。……ここまで来たら共闘するしかないでしょうし」
レティシアは覚悟を決めるように息を吐き、屋敷を後にした。行き先は公爵家ではなく、第三者が多く集まる王都の貸し会議室のような場所――事前にカイルが指示を書き残していたのだ。お互いの家の者に悟られずに話を進めるため、あえて外で落ち合おうという算段らしい。
そこへ到着すると、待ち構えていたカイルが冷めた視線で彼女を出迎えた。いつも通りの冷酷な雰囲気だが、先日までのような刺々しさとは少し違う。落ち着いた怒り、とでも言うべきか。
「よく来たな。……おまえのほうが先に逃げ出すかと思っていたが」
「逃げるわけないでしょう。わたしだって、こんなくだらない陰謀に踊らされるのはごめんだもの」
「なら話が早い。こっちも追い込みをかける準備はしてある。……これを見ろ」
そう言って差し出されたのは、さらに詳細なリストと書簡の写し。先日の手紙と合わせ、どうやらフェリクスとクラリッサだけではなく、いくつかの貴族が裏で資金援助や情報操作をしていたらしい。結局のところ、伯爵家と公爵家の結びつきが強まるのを阻止したい層が複数いたのだ。
レティシアは眉をひそめつつ、その情報をざっと確認する。手紙には、ダンスパーティの当日にフェリクスが何やら怪しげな取引をしていた証拠や、クラリッサを利用して二人の間に偽の手紙を送り、破談を誘導しようとした形跡が書かれていた。
「なるほど、これなら『わたしたちを破談させようとした連中』を一網打尽にできそうね。問題は、どうやって彼らを表舞台に引きずり出すか……」
「そこでだ。今度、侯爵家が大規模な夜会を催すという情報をつかんだ。そこには連中も参加する。……まさに理想的な舞台だろう」
「ええ、いいわね。あんな目立つ場所なら、わたしとあなたが並んで現れたら目を引かないわけがない。向こうは『どうしてまだ破談になっていないんだ』と焦るはず」
「その隙に、一気に真相を暴露する。痛い目を見せてやろう。レティシア、おまえもやる気だろう?」
「当たり前よ、カイル。……っていうか、あなたって、わりとこういう策略は得意なのね。ちょっと感心したわ」
「はあ? おまえに褒められても嬉しくない。そっちこそ、わざわざこんな情報を掻き集めたとは驚きだがな」
「褒めてないわよ。わたしは今までどおり、あなたの態度にはイラついてるんだから」
二人が毒舌をぶつけ合いながらも、妙に息が合っている。外から見れば、険悪な言葉が飛び交っているはずなのに、どこか息苦しさを感じさせない不思議な空気だ。まるで、すでに何度も共闘を重ねた相棒同士のような一体感がある。
打ち合わせを終えた二人は、夜会当日に向けてそれぞれ準備を整えることを確認し合い、あくまでぶっきらぼうに別れた。




