第5話 毒舌の応酬②
やがて会話の流れがひと段落ついた頃、二人は息を合わせたように同時に椅子を引き、深く腰掛けた。
「それにしても、最初におまえと共闘しようと思ったときはどうなるかと冷や冷やしたが、意外と作戦会議はスムーズだな」
「ええ、わたしも正直言って驚いているわ。まさか、一度も喧嘩別れにならないとはね」
「喧嘩はしているがな。もっとも、それは日常茶飯事だろう」
「そうだったわね。けれど今日は、建設的に話が進んだだけマシじゃない?」
そう言ったレティシアの唇には、ごくうっすらと笑みが浮かんでいた。もちろん、本人は自覚していないが、普段の彼女からするとずいぶん柔らかな表情である。一方のカイルもまた、口調こそ変わらないものの、相手の手腕を認めている素振りが感じられた。
「……先ほども言ったが、情報整理の手際は思った以上に良かった。おまえがそこまで動くとは予想していなかったが、役に立つだろうな」
「あなたのほうこそ、公爵家の名を振りかざすだけじゃなくて、自分で動いて根回しをしているなんて知らなかったわよ。てっきり、何もかも使用人任せかと思っていた」
「それは勘違いだ。俺が面倒で怠けているように見えたのなら、おまえの先入観が浅いだけだな」
「はあ? わたしが先入観を持っているですって?」
「当たっているから腹が立つんだろう。ま、どのみち俺もおまえも仲良しごっこをするつもりはない。必要だから利用する、それだけのことだ」
「そういうこと。……でも、利用するなら徹底的に使いこなしてみせるわよ。あなたに足を引っ張られるのだけはごめんだもの」
「面白い。おまえがついてこれるなら、試してみるといい」
やり取りする言葉のすべてに毒気が混じっているのに、妙に爽快な空気が流れているのが不思議だ。まさに「仲が悪いはずなのに息が合っている」という矛盾が、この二人の関係を象徴していた。
そして最後に、カイルが手帳を取り出し、書き込みながら要点を確認する。
「まずは互いの情報をさらに洗練する。それから、できるだけ早く『共闘している』という事実を世間に匂わせるため、一緒に社交の場に出るか、あるいは何かイベントを仕掛ける。フェリクスやクラリッサが動いたら、すかさず逆手に取る……そんなところでいいな」
「ええ、いいわ。わたしのほうでも協力を得られそうな友人や知人をピックアップしておく。あくまで『表向きには仲睦まじくないが、じつは手を組んでいる』という状況を活かす方向でね」
「確かに、その『表向きは険悪』という点は利用価値がある。奴らが油断してくれれば好都合だからな」
二人は顔を見合わせると、ほとんど同時に立ち上がった。会議というほど堅苦しいものではなかったが、結果としてかなりの具体策がまとまったことに気づき、互いに一瞬だけ満足げな眼差しを交わす。もっとも、その直後には再び皮肉を言い合うのだが。
「さて、今日はもう終わりか? もう少し練ることがあるなら、せいぜい急げよ。俺は気が短いから待たされるのは嫌だ」
「あなたごときに待たれたところで何とも思わないわ。むしろ、わたしが仕掛けるときはあなたのほうこそ慎重に動いてよね」
「言われなくてもやるさ。……まあ、余計な手間さえなければ、わりとやりやすい相手だと思っているよ」
「そちらこそ。間違ってもわたしに恥をかかせるんじゃないわよ。もし失敗したら、あなたを許さないから」
言い合いは尽きないが、妙な熱が冷めていない。互いにニヤリとするわけでもなく、淡々と隠しきれない高揚感を漂わせながら、伯爵家の書斎を後にした。
こうして二人の「初めての本格的な作戦会議」は幕を閉じる。それはまさに、最悪な二人が最凶のコンビを結成するための第一歩だった。言葉の端々には毒があっても、その毒が一致団結の潤滑油となっているのが滑稽なほどに、共闘の歯車が噛み合い始めている。
このまま二人が噂好きのクラリッサと狡猾なフェリクスをどう翻弄していくのか。社交界に広まる風評を、どんな痛快な手段で叩き潰すのか。まだ全貌は見えないが、少なくとも「作戦会議」は予想以上に順調な滑り出しを見せた。
「利用価値はある」と互いを蔑みながら、内心で「こいつなら使えるかもしれない」と興味を抱いている。そのわずかな変化こそが、彼らの共闘をより強固なものにしていくのだろう――そう予感させる、一日だった。




