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夜はまた今度  作者: 下田尚志
道永蓮の昼
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道永蓮の昼5

 高校の屋上にいた。自殺防止のためか侵入禁止にされていたが、なにも気にせずにドアを開けて外に出ていた。

 高く貼られているフェンスを足で突く。つま先が大きすぎて網に引っかからない。しょうがなく僕は靴と靴下を脱いで、指をさらけ出した。足の指を引っ掛ける。関節にかかる負担は大きいが、なんとか登られそうだ。極力右腕の力で体を持ち上げていき、遂に頭がフェンスの上に出た。手足の指に痛みがあった。場所によってはおそらく血も出ていただろう。

「空、青いな」

 まだ赤く染まらない。でもきっと、僕が地面に付いて少し経てば、僕は赤い世界の中に紛れていることだろう。

 そうだった。浮かれている場合じゃない。頭が出せても先に進めるわけじゃないんだ。もっと登らなきゃ。

「なにやってんだよ!」

 背中から引っ張られ、後ろに倒れ込む。柔らかくもコリッとしたものを下敷きにしたおかげで痛みはほとんど感じなかった。

「イッタ! くそ。ほんと、なにやってんだよ」

「! ごめん」

 すぐに横に退いて、僕を引っ張った人の顔を見る。サメのように鋭い目つき、飛鳥海斗(あすかかいと)くんだ。お腹を痛そうに抑えている。僕が思いっきり乗っかってしまったせいだろう。

「ごめん大丈夫?」

「お前こそ、大丈夫かよ」

 飛鳥くんがなにを言いたいのかわからなかった。

「なんで、自殺しようとしてたんだ?」

 ……そっか。僕は今、死のうとしていたのか。そんなつもりではなかったんだけど、側から見たら僕のやろうとしていたことは自殺なんだ。

「おとうさんに怒られて」

 言葉が漏れてきた。今なら、自分の思いをそのまま言っていいと思った。僕を止めて、理由を聞いてくれた飛鳥くんにだったら。

「ずっと勉強を強制されて、やりたいことを否定されて……。もうやだよ。僕、ピアノを弾きたいのに。なんでやっちゃダメなの?」

 涙が出てきた。自分に「涙を流す」という芸当ができるとは思わなかった。なんの影響か、表情、感情というものとは無縁の存在だと思っていた。

「……期待、されてるんだな」

 飛鳥くんはなにかを言った。聞き取れてはいた。だが、そんなことを言われる理由がわからなかった。

「期待、が重たい。期待というより、自分の都合のいいように矯正されてるような。僕の話は聞いてもらえない」

 なんの話をしているのだろう。なぜこんな話をしているのだろう。

「お前は見てもらえているんだな」

 飛鳥くんは僕を殴った。顔に向かって思いっきり。一寸の容赦も無く殴り続けた。目を開けられなかった。雄叫びもあげず、身を守りもせず、ろくな抵抗もしないまま攻撃を受け続けた。

 飛鳥くんは殴り疲れたのか、殴るのを止めた。やっと目を開けることができた。飛鳥くんは泣いていた。飛鳥くんも泣いていた。泣いている理由はわからなかった。二人の男子がわけもわからずただひたすら泣いていた───。

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