道永蓮の夕方9
僕は、笑顔になることができた。笑顔で空也さんに顔向けできた。それは不恰好なものかもしれないし、人に見せられないものだったと思う。でも、心の底から気持ちを込めて笑うことができた。人形ではなく、人であれていた。
空也さんは「ニカッ」という笑顔を見せてくれた。首を動かす。優ちゃんも太陽のような笑顔を見せてくれた。みんな、晴れ雨って表現が近しい顔だ。でも凄い。こんなにも清々しい笑顔を僕も作れていたらと思う。現実でも作れたらと思う。
「じゃあ戻ってから頑張れるよう、腹ごしらえでもしてきな!」
空也さんは立ち上がり、僕もむりやり立たせた。そして背中を押し、距離を作る。それに続いて優ちゃんも立ち上がり、僕の腕を引っ張った。
「おじいちゃんのお好み焼き食べに行こ!」
「うん!」
優ちゃんは僕の腕を引っ張った。体を任せようとも思ったがふと思い立ち、ブレーキをかける。空也さんはもういなかった。最後の最後までカッコつけていく気だきっと。でも、それでこそ空也さんって気がする。
その後何とかお好み焼きを食べることができたが、間も無く僕は『夕方世界』から追い出された。優ちゃんも僕には何も言わなかった。ただ、いつもの太陽のような笑顔を最後に見せてくれた。流れからして、おそらく優ちゃんももう『夕方世界』の住民になっている。だからこそ、彼女も何も残さなかった。「死人に口無し」という言葉を、意味履き違えて使われている気分だ。
……ああ本当に、現実でただの友達として出会いたかった。僕にとっての優ちゃんのような存在に、僕はなってあげられなかった。本当にごめん。せめて、みんながいた理由を作れるように僕は過ごすよ。
『夕方世界』から消えた僕は、机に頭をぶつけたときの状態のまま突っ伏していた。外は夕焼けに包まれており、僕の席も赤く染まっている。これのせいか。これのおかげか。
暖かく甘い匂いがする木の机を、手を開いて優しく叩く。何度も、何度も、何度も叩く。次第に指に力が入っていき、最終的には机を抉りそうなほど強く叩いていた。でも、『夕方世界』に戻ることはできなかった。いくら柔らかい日に包まれようと、あの世界とは全然違う。「一日一回だけの世界だから」ではない。僕はもう、あの世界に行く資格を失ったんだ。きっと明日になってもどれだけ太陽が動いても、行けないのだろう。
「……せめて、自覚持って行きたかった。最後なら尚更。謝罪も、感謝も、別れも、何も言えてないじゃん」
せめてそれくらい言う猶予が欲しかった。余裕を持たせて欲しかった。けどもう、取り返すことができない。もうあの人たちに会えない。会っていたという証拠すら残らない。そっか。飛鳥くんの言ってた後悔ってこんな感じか。確かに、やるせないな。こんな後悔、もう残したくない。笑っていられる生前死後でありたい。




