道永蓮の夕方8
「蓮」
空也さんが僕を呼んだ。凄い冷静で、落ち着いていて、その上で深く重たい声。
「現実から逃げたり目を背けるときがあってもいい。けど、見ないと何もわからないんだよ」
本当に厳しいことばかり言ってくる。いくら言い訳を作っても、いくら閉じ籠っても、ぶち壊して現実の話をしてくる。自分にも、僕にも、言い訳をさせない気だ。どこまでも真正面から話す気なんだ。
「蓮、俺たちも向き合おう。本来味わわなくてよかったはずの苦しみ、それをどうにもできなかった神様たちには文句を言いたいけど」
本当だよ。こんなにも境遇が違うのに運任せにするなとか言われたくない。
「現世もあの世も笑えたほうが、長く笑っていられるから。そのほうがいいだろ?」
笑ってる時間を長く……。僕も、僕も笑いたいよ。心の底から笑いたいよ! 長く笑える人生を生きたいよ!
「空也さん……決まってるじゃないですか。僕も、そっちのほうがいいですよ」
「よしっ!」
両頬に温もりを感じる。空也さんの手だ。死人だからといって冷たいわけではないんだ。むしろ生きている人より暖かい。
むりやり僕の顔を持ち上げ、強い目力で視線を合わせてくる。
本当に見てくれてるんだよな。嫌なところは見ず、知っている面だけで大切にしてくれる。どこまでも。
「そうと決まれば、いい? まずは自分の周りを見るんだ。そして落ち着ける場所と人を見つけろ。現実で」
怖い。不安。だけど、見つけなくちゃいけない。そうしないと笑えないというのなら。
「その二つで休みながら世界を見ろ」
僕は力が抜け、それと同時に頬も解放される。僕はそのまま腰を下ろし、正座する。
あ〜あ、酷いな。結局、何も解決してない。あ、いや、いじめは解決したのか。でも、家庭はそのまんま。でもそこはやっぱり、僕が頑張らなくちゃいけないってことか。本当に、神様に言いたいことばっかだよ。
「死にたい人にかける言葉としてどうなんですかこれ」
「いいだろ? さっきも言った。現実を見ないと何もわからないって。言った側から俺が背けるわけにはいかない」
本当に、律儀だ。最初から優しい人だった。でも、きっと空也さんも変わったんだ。この数日間で。嘘をつかず、そのままの言葉で説得してくれた。
空也さんほどの人に会えるかな。優ちゃんほどの人にも。それほど、僕を見てくれる人に。無理だろうな。でもまあ、どうせ僕はそのままなんだよな。人であり続けられるなら、あとはもうどうでもいいか。
「蓮?」
考えた。精一杯、空也さんたちに応えられる言葉を。そして見つけ出した───。
「とりあえず、死ぬのはまだいいです」




