道永蓮の夕方5
「蓮」
後ろからもう一人現れた。僕が今会いたくなかった人。お願いだよ。僕は二人のことが大好きなんだよ。だから今は、今だけは絶対に嫌なんだ。今の醜く狂った僕が見られて、大切な人に、大切な場所に拒絶されたくない!
「やめて! 出して! 今この世界にいたくないんだ!」
「何で……」
優ちゃんの落ち込んだ顔。それだよ。それが見たくないから離れたいんだ!
「蓮、落ち着いてくれ」
空也さんも追いかけてくる。空也さん。あなたのその必死な顔。それに応えて救われることができない。それが僕は嫌なんだ。二人は僕に沢山を与えてくれた。それなのに僕は何も返せない。今の僕なら尚更。せめて自殺して朗らかな姿で出会えたならまだマシだったのに。
「なんで、なんで今入っちゃうんだよクソ野郎」
「蓮!」
落ちたスピードでは空也さんから逃げ切ることはできなかった。空也さんは僕の肩を摑み、むりやり下に押した。僕は耐えることができずに両膝を床に着ける。
抵抗を止められなかった。体を固定された今の状態でも、むりやりに頭を下げて空也さんの顔から目を逸らし続けた。
「蓮、お願いだ。俺を見てくれ!」
なんでそこまで僕なんかと向き合おうとするんだよ。いいんだよ。もうさっさと僕なんか見捨てて、死なせてよ。
「空也さん、僕、なんで生きてるんでしょう?」
涙が垂れていた。『夕方世界』と出会ってから、流れる頻度が多くなったように感じる。いじめが無くなった今でも、僕から涙は流れるのか。
「蓮、……生きてる意味なんて無いんじゃないかなって最近思うよ」
「ちょ! 空也さん!」
予想外すぎる回答に、思わず顔を見てしまった。空也さんは呆れたような顔で笑っていた。いつもの「ニカッ」という笑顔では無いがそれでも優しい笑顔だった。
「でもじゃあ、逆に死ぬ意味はあるの?」
「あんな最悪なところから逃げられる!」
僕を人間として生きさせてくれなかった世界から逃げることができる。その先では僕は思いのまま僕でいられる。きっと、きっとそうなんだ。死んだあとの世界が『夕方世界』なら尚更、僕は幸せになれる。
「死んで、レンくんのやりたいことはできるの?」
やりたいこと、僕のやりたいことはなんだろう? 生きている今でさえ生きたいように生きられていないからわからない。
「それだよ。今生きるか、死ぬか。それはただの選択肢でしかないと俺は思う。選んだ先はかなりガラッと変わると思うけどな」
だから、だからどうなるっていうんだよ。その死後の選択は間違っているって言いたいの? 飛鳥くん言ってたよ。その人なりの幸せ、苦しみがあるかぎり、どちらがなんて言えないって。二人にとって悪いことがあったからとはいえ、僕にとっても不幸せとは限らないよ。




