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夜はまた今度  作者: 下田尚志
道永蓮の夕方
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道永蓮の夕方4

 授業が終わった。今回も全く内容を覚えていない。予習復習したところばかりだったので問題は無いが。今日は火曜日。本来なら塾をサボってピアノ練習室に籠りたいところだが、あまりお金が無い。家に帰るわけにもいかないし今日はもうここで寝ていよう。丁度状況整理がつかず、疲れていたところだ。パラレルワールドにでも来た気分。


 机に腕を置き、それを枕にして頭を置いた。瞼を閉じ、真っ暗な世界の中に入る。

 真っ暗な世界。何も存在せず、形、色を認識できるものは無い。僕の大っ嫌いな光景だ。自然も、人工物も無い、ただの無。大っ嫌いなはずなのに、嫌な気分も無い。

 僕は目を動かし、真っ暗な世界を眺める。正確にはテレビの砂嵐のような世界だ。小さな色が沢山ある。ただ星空のように風情のあるものではない。真っ黒な嘔吐物のような世界。でもやっぱり嫌悪感を含め、何も感じなかった。

 本当に何かがおかしい。何も感じない。なんでだろう? なんで、こんなにも心が静かなのだろう? 

「ん〜……ん!」

 腕がずれていき、頭が落ちた。机との衝突で頭に痛みが響く。あれ、でも、あんまり痛くない。というより、痛いけれど、今更何も感じない。そういえば、昨日頭を打ち付けているときも痛いとは思ったが、想像以上に軽い感覚だった。血まで出ていたのに。


 あ、そうか。これは慣れだ。何度も殴られすぎて、今更特別感が無いんだ。

今何に対しても感情を持てていなかったのも、おそらくそれが原因だ。僕はこれまで、医者になるための人形として扱われていた。人生の全てをそう生きてきた僕にとって、そのことに対し今更絶望も無かったんだ。たまに爆発することがあっても、やっぱりそれは偶然起こったものであって、機械のエラー的なものだった。

そんな中、エラーの起こるタイミングのせいで、僕はいじめられ始めた。いじめというイレギュラーがあったから、悲しいと思い、痛いと思い、辛いと思い、相手に恨みを覚え、自分を「可哀想な人間」と思い込んだ。それがあったから僕は感性を持てていたんだ。


「僕は元からおかしかったのか」

「何してるの? レンくん」

 この声は、優ちゃんだ。頭を勢いよく上げ、爬虫類のように周囲を確認した。オレンジ色に染まっている。ここは『夕方世界』だ。屋台が近くに無い。会場から少し離れた場所にいたみたいだ。

「やだ、やだよ。やだ! いやだ‼︎」

 祭りの会場と反対側に逃げ出した。今、僕はここにいたくない。今の僕は今までで一番醜く、みんなに否定されるであろう自分だ。いじめから逃れ、感性を失った僕がどうしてこの世界に入れたかはわからない。けど、とりあえず逃げたい。

「待ってレンくん! どうしたの!」

 優ちゃんは思いっきり腕をつかみ、僕を静止する。彼女は僕よりもパワフルだ。それくらいで完全に動きが止まることはないが、それでもかなりスピードが落ちてしまった。

 今、僕は彼女の笑顔を見たくない。僕を救ってくれた太陽のような笑顔を見たときに、外の世界の風景と同じようにどうとも感じられなくなるのが怖い。

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