道永蓮の夕方2
僕は今日出された課題を黙々と始める。幸い、今日は殴られるだけで教科書やノートには何もされなかった。
課題を一問一問解いていき、シャーペンを休める事なく動かす。解いて解いて解いて解いて、二つの課題が終わったとき丁度良くシャー芯が切れた。
「今まで、どれだけ削られてきたのかな」
シャーペン。僕のシャーペンは傷や凹みだらけで、元々塗られていた塗装はほぼ剥がれていた。少し異臭もし、恐ろしいくらい見窄らしい見た目だ。こんなシャーペン、さっさと捨ててしまいたい。でもどうせ新しいのを買ってもまた同じようになるだけ。そう思うと同じものを買う気にはなれなかった。いや、でも今回は違うのかもしれない。飛鳥くんのあの行動のお陰でいじめが落ち着いてくれるかも。そうしたら……。それで何が変わるんだ。元々いじめの原因も何もかもがこの家庭環境だ。そんな一年ちょっとの出来事が無くなったからといって十七年間続いている状況が良くなるわけではない。ただ戻るだけだ。
あれ? 僕って生きている意味あるのか? 養父母にとってはあるのだろうけど、僕自身にとってあるのか? 全く無いな。養父母はあんなので、祖父母も同じ血を流してきた人たち。友達も優ちゃんしかいなくて、その優ちゃんと現実であったことはない。信用できる人もこの世界にはいなくて、大切な人はみんな『夕方世界』の人だ。じゃあ、なんで僕はここに生きてるんだろう? 空也さんや飛鳥くんは死後、あの世界に辿り着いている。なら、僕もさっさと死んじゃって、あの世界に行ったほうがいいのではないか? あそこは「人生の休憩所」と言っていた。でも僕にとって、生きたい人生はあそこだけだ。あそここそが僕の居場所なんだ。
なんか、スッキリしてきた。もういいや。
僕はサッと立ち上がり、壁に思いっきり頭をぶつけた。一度退き、もう一度ぶつける。何度も何度も繰り返す。痛い。けどその感覚に嫌な気分は起きない。ただ、「痛いな」となるだけ。
「ははっ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
鐘を鳴らしている気分だ。こんな壁と僕の頭蓋骨じゃそんな綺麗な音も出ないけど。意識の続く限り叩き続け叩き続け、叩き続けた。そのうち視界から輪郭が消えていき、痛みを味わう力ももう無くなってしまった。
世界は暗転する。恐ろしさも感じ得ないほど、ただ真っ黒に。大好きな景色は全く見えないが、現実よりも何倍も穏やかな世界だった。
ただ、やはりそんな穏やかな世界を長くは見せてくれなかった。僕の目は開いてしまい、また色が認識されていった。僕の部屋だった。ベッドにもおらず、床に乱雑に寝転がっている。近くに教科書なども適当に投げ捨てられ、開いて落ちているものさえあった。
「まあ、あれくらいで死ぬことなんてできないよね」
元から無理だとはわかっていたが、単なる自傷行為で終わってしまったことにショックを隠せなかった。




