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夜はまた今度  作者: 下田尚志
道永蓮の昼
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道永蓮の昼9

 音楽は大好きだ。ある程度楽器を演奏できて曲を知っていれば、あとは自分の好きなようにいられる。小説や絵とは違い、その場その場で自分の思いを込められる。

 気持ちよく進めていた指は、いきなり止まった。自分に足りないものに気付いたから。僕の演奏には背景が無い。まるで自分の言いたいことを言っているだけで、景色というものが全く見えてこない。それでもいいものにはなるのかもしれないが、自分は納得できなかった。

「景色。音楽に景色? 何馬鹿なこと考えてるんだよ」

 もう一度鍵盤に指を置き、演奏を再開する。考え事するなら音楽があったほうがいい。自身で演奏しながら酔い浸れていく。他人が聞いて心地よいものかはわからないけれど、僕はとても心地よかった。

「僕は何がしたいんだろう。何したかったんだろう」

 だんだん、僕の感情が消えていった。今まで乱雑にも感情的に弾けていた音楽が、ただの音符の塊になっていく。クレッシェンドもデクレッシェンドも無い。アッチェルもリットも無い。ただ音が並んでいるだけのもの。こんなの音楽じゃない。

 指を止めた。体が固まる。視界が潰れていく。息も止まっていると思う。今体で動いているのは、恐らく脳みそだけだろう。

「はぁっ、はぁー」

 やっと息を吸うことができた。脳が癒されていくのを感じる。

「もう、いいや」

 部屋の掛け時計を見る。十七時半くらい。もう少しで、日がいい感じに下がっていくだろう。ここに籠る必要もなくなった。

  立ち上がり、練習室から出ていった。スタッフに頭を下げながら歩いていき、外の景色を眺める。うん。丁度いい明るさだ。建物がオレンジ色に染められている。この景色を音楽で再現できたらとっても楽しいんだろうな。

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