スキル『スローフード』で俺は異世界でもコントロール重視。
うだるような暑さの炎天下。
真夏の甲子園のピッチャーマウンド。
球数は、すでに100球を優に超えるている。
視界がぼやけて、蜃気楼のように歪んで見え始めている。
コントロール重視のこの俺にとっては、いよいよもってヤヴァ……イ……
◇
「―― おお、ようやっと意識が戻ったか」
……これはどういった状況だ?
テンプレのような真っ白な世界で、テンプレのようなジジイが「私は神だ」とかなんとかボケてきやがる。
「お主にはこれから異世界へと転生してもらう」
「は、何言ってんだ、じいさん?」
「お主に授けるスキルは……これじゃ!」
じいさんが抽選箱のような箱に手を突っ込み、まさぐって出てきたカード。そこに書かれていた文字は――
「スキル『スローフード』……て何なんだよ、それ?」
「なんじゃろうな?食べ物を投げるとかかの?」
「バカか、アンタ。スローフードの意味自体はなんとなく分かってんだよ。それよりもスローフードがスキル扱いってのがよく分からなくてだな ―― 」
また、いきなり意識が遠のいた。
◇
「……ん、なんだここは? あの空を飛んでいるのは……ド、ドラゴン……はぁ?」
ツッコミがお気に召さなかったらしい自称・神。
あの後、ヤツは無言のまま、強制的にこの俺を天界から異世界へと転移させやがったらしい。
「あー、たぶんこれは夢だな。熱中症でそのままぶっ倒れたんだろうな、甲子園のマウンドで……ああ、俺の本当の夢の方は、あれであっけなく終わりかよ……」
◇
なんやかやで、異世界に転移し、すでに1か月ほどの時が経過している。
いつまで経っても冷めない夢。
ただ運が良かったのは、草原のど真ん中で虚ろに彷徨っていた俺を親切な冒険者が、奇特にも拾ってくれたこと。
「おーい、メシの時間よー」
ギルド職員に呼ばれ、俺はテーブルにつき、口を開ける。
甲斐甲斐しく、俺の口に食事を運んでくれる職員のAさん(23歳女性・既婚者)。
「おい、なんだよ、あれ。何のサービスだ?俺たちにはないのか?有料のサービスなのか?」
遠くから羨ましげに不平を鳴らす、この光景を初めて見る冒険者。
「ごめなさいね。サービスじゃないのよ、これ。この子、自分で食べ物を持つと全部投げちゃうって<スキル>の持ち主なのよ」
「はぁ、そんなスキルがあるのかよ?マジで言ってんの、それ?」
「しかも、投げた食べ物は全部、百発百中で、近くにいるひとの口のど真ん中に投げ込むっていうメチャクチャなスキルでね。こうやって食べさせてあげないと、私たちもその被害者になるってわけで……」
「百発百中?マジで?それがもし本当なら……良い仕事があるんだが、どうするそこのお前?」
「もごごっ……な、なんですか、その、良い仕事……っていうのは?」
◇
「いやー、すごい子連れてきてくれたね、きみー。スカウト業とか向いてるんじゃない?」
「でしょ、私の見込んだとおりでしたよ」
報酬を受け取り、ニッコリとしている、俺をこんな場所に連れてきた冒険者の男。
俺の目の前には、大きな鉄格子が立ち並び、その中にはあまりお見かけすることのない、希少な異世界獣たちが、グルグルと唸り声を上げ、こちらを睨みちらかしている。
動物好きな、この国の王が個人で所有する「ペット」だという猛獣たち。
俺は、そいつらの口にダイレクトに食事を投げ込む、王宮ペットの給仕係にめでたく採用されることとなった。
……何の悪ノリだ、これ?
『スローフード』ってそういうことじゃないだろ?
神(=製作者)がバカなら、異世界そのものの構造もバカになるのか?
それにしても、いつまで経っても覚めない、しつこい夢だな、これ。
俺はムシャクシャしながら、さっきからずっと俺を睨みながら、唸り続けている二つ頭のケルベロスに口に、両手で同時にエサのストライクを投げ込む。
こっちの世界にきて、俺はめでたく両利きのピッチャーになっていた。
エサを投げ込まれ、ニッコリとしてみせるケルベロス。
それにつられ、俺も思わず愛想笑いを返す。
ムシャクシャの解消には、やはり物を投げるに限るというものか。
何なのこれ? 何が面白いの?(メタ)
スキル『スローフード』だけ思いついて書いた記念碑的作品。