ついに言う
「正直に言うと、人と関わるのが苦手なタイプです。ジョージから聞いているかもしれませんが、これまで来た料理人とは悉く上手く行っていません。私の性格と合わない、と言って出て行った人もいますし、こちらが向こうの作る料理に満足しなかったパターンもあります」
彼が淡々と言うのを聞き、状況を把握する。性格が合わないというより、あの屋敷内の汚れっぷりなどに嫌気がさすんじゃないだろうか?
料理に満足しなかった、というのは重要な事項だ。彼は結構味にこだわりがあるタイプなのだろうか。
「それに、他にも問題は色々あります……」
「問題?」
「なので、すぐに採用というわけにもいきません。すみませんが一度何か作って頂けますか? キッチンに案内しますので、適当に」
「あ、あのっ」
私がついに声を上げると、彼はちらりとだけ私の顔を見た。ようやくしっかりと目が合った気がする。彼は目が合うとすぐにそらしてしまい、その後も私ではないどこかを見ながら話すことが多かったのだ。人が苦手と言うのも納得だ。
その目を正面から見てしまうと、なんだか不思議な感覚になった。彼の青い瞳はとても美しく、まるで綺麗な景色を見ているような気持ちになる。引き込まれそう、ってこういう時に使うのだろうか。
今度は私が目をそらす番だ。やや俯き、言葉を選びながら告げる。
「あの……私は確かに料理人ですが、その……不得意なメニューも多くて……」
「はい」
「も、元々は色々作ってたんですが、事情がありまして。あの」
「はい」
彼は静かに言葉の続きを待ってくれる。意を決してはっきりと言った。
「包丁が使えません」
少し震える声。せっかく部屋を片付け、お茶まで淹れてもらったというのに、こんなことならやっぱり叔父さんに最初から全部言うんだった。
ふざけるなと怒鳴られても仕方ない。
「本当にすみません! こんな状態じゃまともに」
「そうですか」
「料理も作れ……あの? 怒らないんですか?」
彼から出てきた言葉はあっさりしていたので、驚いて顔を上げる。正面に座る彼は、表情を一つも変えないまま座っていた。
「別に怒りませんけど」
「え? ……でももてなしてもらったのに、お時間を無駄にして」
「包丁が使えないというだけで、辞退するつもりだったんですか?」
彼の質問に目をちかちかさせた。使えないというだけ? 何を言っているんだ、料理人が包丁を使えないなんて死活問題でしょう。肉も野菜も魚も切れないじゃないか。
「辞退といいますか……まともなものが作れませんし……」
「アンナ、でしたね。ここをどこだと思ってるんですか」
彼はそう言って立ち上がる。思ったより身長が高く、私は首が痛いほどに見上げた。
「私は魔法使いですよ」
歩き出した彼の後姿を追いかけると、しばらくして広々としたキッチンが現れた。さすがにキッチンは本の山などはなく(それともさっきの魔法で掃除されただけなのだろうか)綺麗な状態だった。しばらく使われていないのが分かる。
「あの、ノアさん」
「ノアでいいです」
「ノ、ノア。包丁が使えなくて私は前の職場を辞めたんです。これを魔法でどうするんですか? 私が包丁を使えるように心に魔法をかけるんですか?」
「いいえ。魔法で人間の心を操るのは禁忌です」
彼はそう言うと、しまってあった包丁を取り出した。銀色に光るそれを見て、私はつい顔をそらして後ずさりする。バクバクと心臓が大きく騒ぎ、気持ち悪い感覚になる。胸に手を当てて何とか呼吸を整えていると、ノアが尋ねてくる。
「包丁のどんなところが嫌なのですか。形?」
「物が映るところです……なのでナイフも苦手ですし、鏡も見れなくなりました……」
「ガラスや水などは?」
「それはまだ大丈夫です。銀色に映る、という点が駄目なようです」
ちらりと脳裏に、母のドレッサーの鏡が蘇った。そして、そこに映る好きな人と好きな友達の姿も。
必死にそれを振り払っていると、ノアが言う。
「なるほど。もうしまいましたよ」
ノアがそう言ったのでほっとして前を向く。すると、彼は腕を組んで何か考え事をしているようだった。
そのまましばらく時間が経った後、ノアが何かを決意するように顔を上げる。