中にいたのは
ついポロリと出てしまう。慌てて口を噤むが、叔父さんにはしっかり聞こえてしまったようだ。彼は豪快に笑う。
「実はね、彼が住み始める前までそう呼ばれていたんだよ。長く空き家で、周りもご覧の有様だ。人は通らないしどんどん草木が育ってしまってね……子供たちは怖い家だと面白がって噂するし、正直売り物としては存在自体忘れられていた物件なんだ。でもノアは酷く気に入ってね。とにかく静かで人があまり来こない、大きな家を希望していたから、ドンピシャだったってわけ」
私は幽霊屋敷を見て息を呑んだ。普通、こんな場所に一人で住むなんてありえない。新築ならまだしも、見たところだいぶ古いし、子供が怖がるのも無理はない風貌なのだ。
話しながら歩いていくと、ついにその屋敷の前に辿り着いた。近くで見るとこれまた迫力が凄い。怖気づいてしまったのが自分でも分かる。
ああ、でも住んでいるのは魔法使い。掃除などは全て魔法で行うと言っていたし、中はきっとだいぶ印象が違うのだろう。
「さあ、彼はほとんど家にいるから、今日もきっといるはずだよ」
叔父さんはそう笑って古い扉の前に立った。さてノックでもするのかとこちらも身構え、背筋を伸ばす。
が、彼は何も動かなかった。
微笑んだまま扉を見つめているだけで、声を掛けるそぶりもない。私は扉と叔父さんを何回か交互に見た後、小さな声で話しかける。
「あの?」
「あ、彼の家に来たら何もせずにここに立っていればいいんだよ。どうやら、人が来たことを察知する仕掛けがあるらしい。ここにいるだけで」
言いかけた時、ガチャンと重い音がして飛び上がった。鍵が開いたのだ。そして、ぎいいっと音を立てて扉が開かれていく。私は驚きでつい叔父さんの服の裾を握る。
扉の前に魔法使いは立っていなかった。勝手に開かれたのだ。これももしや、魔法の一つ?
「ノア、お邪魔し……ああ」
叔父さんはがくりと頭を垂らした。その理由は、中を覗き込んですぐに察することになる。
広々とした玄関、目の前には大きな階段、高い天井。想像以上の豪華な造りなのだが、その一つ一つは決して綺麗とは言えない状態だった。階段の手すりには埃が被っているのか白っぽくなっているし、ところどころ本が積みあがっている。なぜ玄関に本があるの?
よく分からない書類のようなものも散乱しているし、外見通りの汚い屋敷だ。到底人が住んでいるとは思えない。
「お、叔父さん?」
「彼はね……集中しだすとこうやってなんでも適当になるから……」
頭を抱えながら中に入って行く叔父さんを慌てて追っていく。人気がなく静かな家はまさに幽霊屋敷のようで、私はここに来たことを深く後悔した。
「ノア!」
リビングに入った途端、叔父さんが叫ぶ。中を覗き込んだ私はぎょっとした。
本や書類の山の中にあるソファに、男性が一人寝そべっていた。黒いフードを深く被り、黒いパンツを履いている。全身真っ黒なので、叔父さんがいなければそれが人間だとは気づかなかっただろう。
呆れたように叔父さんが近づき、彼に声を掛ける。
「ノア! 探していた人材を見つけてきましたよ!」
だが、相手はまるで反応しない。呆れた様子の叔父さんは彼の肩を強く揺さぶり、もう少しでソファから落ちいてしまいそうになった。
「ノア! ノア―!!」
「う……ん」
唸り声が上がり、ゆっくりその黒い塊が起きた。だが、まだフードを被ったままでいるので顔がよく見えない。彼がこちらを向いたので、私はとりあえず慌てて頭を下げた。