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助けて

「いいことを教えてあげよう、アンナ。俺たちの作戦は、ただ君を連れ去るだけじゃない。火事で大事になったところに、ミランダが必死に消火活動を手伝ってあの魔法使いに取り入るんだ」


「え……?」


「僕があの街でこんな状態なんだから、ミランダも同じだって簡単にわからないか? 友達の婚約者を寝とったって、凄い噂を流されて、僕以上に暮らしにくそうにしててね。ミランダはもうあの街を出たがってる。次の居場所を探してる最中、あの魔法使いはちょうどいい相手みたいだよ。火事がおさまったころ、アンナがいないことに魔法使いは気づくだろう。そこでミランダが現れて、俺と一緒に火をつけて逃げた、って証言する予定なんだ」


「……なにを」


 愕然として呟く。


「傷心の魔法使いのそばでミランダが励まし、無事二人が結ばれるってわけ」


「呆れた。そんな作戦が上手く行くと思ってるの?」


 私が言い返すと、ハリスは鼻で笑う。


「アンナ。男はね、綺麗な女性に迫られたら好きな感情がなくても靡くんだよ。愛だとか性格だとは二の次で、結局は本能で相手を選ぶ。あの魔法使いだってそうだ。そしたら、俺が犯してしまった過ちも仕方なかったかも、って君は思えるかな」


「あなたとノアを一緒にしないで」


 私が睨みつけて低い声で言うと、ハリスが笑顔を固まらせ、私を冷たい目で見下ろした。


「その計画は絶対にうまく行かない。あの人を誰だと思っているの? 魔法使いよ。それだけじゃない、ノアは人の心の痛みも分かる優しい人なの。欲望に負けて中途半端な気持ちで道を進んでしまうほど愚かじゃない!」


「……黙れよ」


「私はあなたとは帰らないし、ノアだってミランダと結ばれることはない! もうあなたに出来ることは、放火を自首することだけ。諦めてきちんと今一度自分を見直して。私からすれば、あんなに優しい両親がいてくれるだけであなたは恵まれてる。おじさんたちのためにも、もう一度……」


「黙れよ!!」


 そう叫んだハリスの手が私の首を抑え、一気に力を掛けてきた時、しまったと思った。相手を刺激しすぎたと、今になって気づいたのだ。ハリスは怒りですっかり自分を見失っているようで、興奮した状態で私の首を絞め続ける。


「なんで! なんで! 全部上手く行かないんだよ! そもそもあの夜、仕事だったくせに早く帰ってきたアンナが全部悪い!」


「は……りす……」


「結婚前に一回くらい遊んでおきたいと思って何が悪い! 普通の感情だ、皆やってる! なのになんで俺だけ……俺だけ! ミランダも俺のことが好きだと言っておきながら、街のやつらに白い目で見られたらあっさり俺も街も捨てようとして……くそ! くそ!!」


 目の前がぼやけてくる。息ができず、息苦しさに頭が真っ白になり、口が酸素を求めてパクパクと動いた。ハリスの怒りの顔だけが視界にある。


 最期がこんな光景なんて嫌だ、と思った。


 どうせ死ぬなら、今本当に自分が愛してる人のそばで死にたい。大事な場所で、大切な人の隣で……今こんな場所で死ぬなんて、絶対に嫌だ。あの後火事はどうなったのか、精霊たちやノアがどうしたのか知らずにいなくなるなんて耐えられない。


 助けて……ノア、助けて!!


 息苦しさに意識が飛びそうになった瞬間、突然ガラスの割れる音が大きく部屋中に響いた。驚きでハリスは私から手を離し、その隙に求めていた空気を思い切り吸って肺が膨らむ。


「な、なんだ!?」


 すぐ横にある窓ガラスが割られたようだった。床にはガラス片が飛び散り、キラキラと光を反射させている。外の青い空が見えて、息を乱しながらああ今は昼間なんだ、とぼんやり思った。


 するとその割れた窓ガラスから、黒いカラスが何羽も入ってきて、大きな鳴き声をあげながら次々にハリスを襲った。ハリスは暴れながらカラスを避けようと両手を振り回す。カラスはカーカーと耳が痛くなるほどの泣き声で、まるで何かを訴えているように見えた。


「うわっ……、ま、また鳥かよ……! この、化け物っ……!」


 ハリスを攻撃するカラスたちを見ながら、私はアレンの顔を思い浮かべる。


「精霊たち……?」


 私を見つけてくれたの? 助けに来てくれたの? 私のせいで火事が起こってしまったのに……。


 安心すると同時に、逃げるなら今のうちだと重い体を起こす。だが、思うように体が動いてくれなかった。先ほどのハリスから受けた攻撃が原因なのだろうか。上手く力が入らない。


 幸い足は縛られていなかったので何とかベッドから降り、ふらつきながら出口へ向かう。後ろ手にドアノブを握って回して見るが、やはり鍵がかかっているようだ。私はそのまま背中でドアを思い切り押して叫ぶ。誰か人が来てくれないだろうか。それともこのドアを破れるほどの力があれば……!


「開いて……お願い……!」


 必死にドアを体全体で押し破ろうとしているが、びくともしない。そうしているうちに、私がベッドから逃げ出したことにハリスが気が付いた。


「アンナ!」


 カラスに攻撃され、彼の肌は血が滲んでいた。だがそれを気にも止めず、恐ろしい顔でこちらに向かってくる。未だカラスに襲われながらも、ハリスは私に手を伸ばした。


「来ないで……ノア! ノア!!」


 目をぎゅっと閉じて大きな声を名前を呼んだ途端、背後のドアからかちゃり、という小さな音が聞こえた気がした。どう聞いても鍵が開いた音のように聞こえた。


 あれっと思った時、背中にあったドアが勢いよく開き、その拍子に私の体が後ろに倒れそうになった。何が起こったか分からず、こちらに手を伸ばすハリスの行動がスローモーションに見える。


 すると、倒れかかった私の体を、温かい何かが包んだ。同時に、右側から白い綺麗な手がハリスに向かって突き出される。見覚えのある手だった。


「動くな」


 ノアの低い声が響いた瞬間、騒がしかったカラスたちもぴたりと泣き声を止め、静かに窓際やベッドに並んで止まった。ハリスは唖然とした顔でこちらを見ている。


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