愚か者は声が大きい
ノアがドアに手を翳すと、それは凄い勢いで突然開いた。ドア自体が吹き飛ぶんじゃないかと思うほどだった。そしてそれが開いた目の前には、額を抑えてしゃがみこんでいるハリスの姿がある。どうやら、思い切りドアにぶつけられてしまったらしい。
ノアは淡々と言う。
「ああ、申し訳ありません。ぶつかってしまいましたか」
もしやわざとだろうか……? と少し思ったが、ここで聞くのもどうかと思ったので黙っておく。
ハリスの隣にはやはりミランダが立っていた。二人揃ってまた訪ねに来るなんて、なんて諦めが悪いのだろう。
ハリスはよろよろしながら立ち上がり、私を見つけるとハッとした顔になった。
「アンナ……! やっと会え……」
「魔法使いさん!! すごーい、魔法使いさんってレアでなかなかお会いできないんですよね! まさかあなたが魔法使いさんだなんて知らなくて……さっきはびっくりしましたよ!」
ハリスの言葉を遮るように、ミランダの高い声が響いて耳がキンとした。だが顔を顰める私のことなんてまるで眼中にないらしく、ミランダはノアのすぐ近くに寄ってきて、上目遣いで彼を見上げる。
「でも私、魔法使いさんっておじいさんとかをイメージしてたんです……こんなに若くてかっこいい人だったなんて、びっくりです! 魔法ってどう使うんですか? 訓練とかやっぱりするんですか!?」
急にノアに質問攻めになったミランダを見て、私は目がチカチカした。
ハリスや私のことなんてまるで見えていない。ノアに夢中なようで、その瞳には彼しか映っていないようだった。
そんなミランダを見て、ノアはわかりやすく眉間に皺を寄せた。
「魔法、もう一度使ってみてくれませんか? みてみたーい!」
「あの、ミランダ? そんなことを言うためにわざわざ戻ってきたの?」
私が呆れて尋ねると、ミランダは初めてこちらを向いた。
「えー、だって珍しいし凄いじゃん。そりゃもう一度会いたくなるってー。しかもこんなに素敵な人だし……魔法使いさんって一生に一度会えるかどうかぐらいだし、お話を聞いてみたいと思ったんです! さっきは凄い魔法でしたね、私ほんと驚いて……でも人が空を飛べるだなんて夢みたいだなって!」
そう言いながら、ミランダが自然な仕草でノアの腕に触ろうとした。それを、ノアはわかりやすく払って避ける。
「あなたと会話することは何もないです。しつこくうちの家に訪ねてくるので、もう来ないで下さいと言いに来ただけです。特にあなた」
ノアが未だ額を抑えているハリスに向かって声を掛けると、その威圧感にハリスはびくっと反応した。
「恋人を裏切っておいて、よくもまた会いに来れましたね。厚顔無恥とはまさにこのこと。二度と来ないでいただきたい」
「あ、あの、ミランダから聞きましたがアンナの雇用主なんですよね? 従業員のプライベートに首を突っ込まないでもらえますか。アンナ、一度ゆっくり話そう。そうだ、アンナが好きだったサンドイッチでも食べに行こうよ」
ハリスが手をこちらに伸ばしたので、私は反射的に後ずさり、ノアはそんな私を庇うように立ちはだかった。ハリスは不満げにノアを睨みつけている。
そんな緊迫した状況で、全く何も気にせず話を続ける鋼の心臓のミランダは、まだノアを見上げている。
「っていうか、どういう経緯でアンナを雇ったのか分かりませんけど、このお家を見るに必要なのは料理人より家政婦じゃないですか? 魔法使いさんって凄いお仕事だからお金持ちって聞いたことあるけど……ここは引っ越して、家政婦雇ったらどうでしょう!? 私、できますよ。家事は得意だし、料理だって美味しいってハリスは言ってくれてました! 料理と掃除や洗濯も出来ちゃう私の方が、雇って得だと思いますけど……」
ミランダがちらりと私の方を見て、あざ笑うかのように口角を嫌らしく上げた。その様子にさすがにむっとし、言い返そうとするが、ノアの方が口を開くのが先だった。
「あなたは全く不要です。私が必要としているのはアンナの料理の腕前と彼女自身です」
ノアがそう言うと、明らかに二人の顔色が変わった。そしてノアは見せつけるように、私の肩を抱いて引き寄せる。距離が無くなり、ノアの香りがふわりとして顔が熱くなった。
ハリスは絶望するように、私とノアを真っ白な顔で見ている。
「意味、わかりますよね? なのであなた方の存在は邪魔でしかないんです。アンナは新しく人生を歩み始めている。分かったらさっさと自分たちの街に帰ってください。目障りです」
冷たい声でそう言い放ったノアだが、ハリスの耳に届いているのかいないのか。彼は唇を震わせ、私に向かってか細い声を出す。
「う、噓だろアンナ……? だ、だって俺たちはあんなに長い時間一緒にいたのに、こんなあっさり……」
「あっさりじゃない。ノアが私の心の傷を癒してくれたの」
「じゃあ、勘違いだ! 俺と別れたのが寂しくて、だから近くにいた男に寄りかかってるだけだろ! そんなのよくないぞ。俺と一緒に街に帰った方がいいって……! アンナのことを俺以上に分かってる奴なんているはずない。そうだ、仕事に生きがいを感じてたアンナが、こんなぼろい家で料理人なんて不服だろう? 魔法使いは凄いとかミランダは言ってたけど、こんな家に住んでるなら大したことない魔法使いなんだ。君の才能がもったいないよ!」
引きつった笑いを浮かべながら言ったハリスの言葉に、私は勢いよく言い返す。
「ノアを馬鹿にしないで! ノアはあなたよりずっとずっと素敵な人なの……私を裏切るようなあなたよりずっと!」
私の言葉を聞いて、ハリスの顔が怒りに燃えた。私に掴みかかろうと両手を伸ばし、それを見たノアは対抗するように指先をハリスに向けた。
と、そのとき。




