幽霊屋敷
どこから聞いていいのか分からない。この街に魔法使いがいることは、私も噂で聞いていた。でも魔法使いの料理人? そもそも叔父さんはなぜ魔法使いの知り合いなの? 偏屈でなかなか外に出ないという話なのに。
「この街には魔法使いが住んでいるんだよ。実は私は彼が越してくるときに家を紹介したことがきっかけで知り合いになってね」
なるほど、叔父さんは不動産の仕事をしている。それで魔法使いと接する機会があったらしい。だが、魔法使いがちゃんと不動産を通して家を探すのはなんだか面白い気がする。
「魔法使いも家探しをするんですね……」
「はは! そりゃそうだよ。ただし条件が多くて大変だったけどね……なるべく人が来ないところだとか、周りに緑が多い所だとか、ぼろでもいいから広さが欲しいとかね。それで、古いけど何とか条件に合う家を紹介したことで気に入られたようでね。それ以降、時々会って話したりしてる。それで言われてたんだ、料理人を紹介してくれないかって!」
「あの、でも魔法が使えるなら、それこそ料理なんて魔法で作ってしまえるのでは?」
「ああ、私も最初そう思ってたけどね。彼曰く、掃除や洗濯はそれこそ魔法で全部出来てしまえるらしい。それは『過程ややり方』を知っているからだそうだ。洗濯なら洗剤を入れてもんですすぎ、そして干す……っていう流れだね。でも料理は決まった過程を進むわけじゃないだろう? その料理によって味付けややり方も違う。それを一つずつ知らないと魔法では再現できないんだそうだ」
「はあ……」
例えば『ハンバーグを作れ!』と命令するわけではなく、『玉ねぎを切って肉をこねて……』という流れを命令する必要があるということか。そうなると、確かに料理についての知識がないと魔法では上手く作れないのかもしれない。
「だから彼はずっと家政婦はいらないけど料理人を探していてね」
「でも、そんなの私以外にたくさん候補がいるんじゃ……」
私がそう言うと、叔父さんは少し眉尻を下げた。
「彼は少し変わっていてね。何人か紹介したけど、どうも気が合わないようだよ。それに、どうやら味にうるさい。でもアンナなら安心だと思うんだよ、腕に関しては文句ないし、君はしっかり者だから! 直接会ってみた方がいい」
「あ、叔父さん、私料理は」
「よしこのパンケーキを食べ終わったら出かけよう。ご馳走様でした。私は準備してくる!」
一人で意気揚々と席を立ち、嬉しそうにリビングから出て行ってしまった。私はぽかんとしてそれを見送る。
フロンが心配そうにこちらを見てくる。
「大丈夫? あの人張り切っちゃって……もっとゆっくり仕事を探したいんじゃない?」
「い、いえ、叔父さんの気持ちは凄く嬉しいんですけど」
私は今、料理人として働ける状態ではない。
でもあんなに嬉しそうに仕事の紹介をしてくれる叔父さんに、言い出すのが申し訳なくてたまらない。私の腕を買ってくれているのだ。そりゃ、包丁さえ使えれば私もそれなりに自信があるけれど、今の自分じゃあ……
叔父さんに真相を話さなくてはとおろおろしていると、その間に彼がまた戻ってきた。そしてキラキラした顔で私に言う。
「さ、食べ終わったらカバンを持ってきて!」
……そんな期待のこもった目で見られたら……
「……はい」
何も言えなくなってしまった。
気難しい人でなかなか採用をしてないみたいだから、私も面接で落とされる可能性が高いよね……そう信じ、私は頷いた。
叔父さんの家から歩いてしばらく。優しそうな人々が集まる商店街を抜け、徐々に人通りが少なくなってくる。賑やかだった声が遠くなり、多くの木が生い茂る山道のような場所へと変貌した。
広かった道はいつの間にか狭く変化していき、次第に道と呼べるのかも怪しい足場の悪さに私は眉を顰める。人が二人並んで歩くのにギリギリな幅だ。両脇には木々が生い茂っており、日差しが遮られぐっと気温が落ちた気がした。コートを持ってきた方がよかったかもしれない。
こんなところを通って、本当に家があるのだろうか? どう見てもこの道はほとんど人が通っていない。落ち葉が敷き詰められているが、どれも踏むとぱりぱりと音を奏でる。誰も踏んでこなかった証だ。
駅で会ったおじいさんは、魔法使いはほとんど街にも出ないと言っていた。叔父さんも、かなり変わった人だと言っている。
ぼんやりと、幼い頃父から聞いた話を思い出す。そういえば、お父さんもよく言っていたっけ……魔法使いは頭はいいけど偏屈な人が多い。でも、彼らのおかげで私たちは平和で暮らしていられるんだ、って……。
「叔父さん、魔法使いって女の人ですか?」
「いいや、ノアは男性だよ」
「ノア……叔父さんの家に行く前に少し話した街の人が、人嫌いだって噂していたけど」
「んー間違いじゃないね。でも悪い人じゃないよ」
そんな人に雇われるなんて大変なんじゃ……。
「あ、ほらアンナ。見えてきた、あの家だよ」
叔父さんが指を指したのでそちらを見てみる。と、同時に私はぎょっとした。そこにはかなり大きい屋敷があったのだ。大きいだけじゃない。年季が入っていて、木々に囲まれているのもあり、あれじゃまるで……。
「幽霊屋敷みたい」