なぜあなたがここに?
翌日、私は朝食を作り終え、一人でぼんやり自室にこもっていた。
あれからなんとなくノアと気まずくて、顔を合わせても会話を交わせていない。私が作った食事をしっかり完食してくれているのはまだ幸いか。私のせいでこんなふうになってしまったのが申し訳なかった。
窓から外を見てみると、日差しが明るくて温かく感じた。外はすっかり冬が訪れており、雪こそ降らないものの夜になるとだいぶ冷え込む。屋敷周りの木々は赤く色づいた後、その葉を落とし地面を覆っている。
叔父さんへ手紙を出してもらったはずだが、まだ返事や訪問はない。叔父さんならきっとすぐに何かしら返事をくれるはずだ。そこで、『ハリスという人が来たけれどアンナのことは教えてないよ。諦めて帰ると言っていたよ』と一言教えてくれれば、一件落着なのに。私はまた平穏な毎日を取り戻せる。
とりあえずノアにも言われた通り、今日は街に行くのはやめよう。叔父さんからのコンタクトを待つしかない。
私がため息をついて窓をぼんやり眺めていると、突然後ろから声がした。
「最近、アンナはため息が多いね」
振り返ると、アレンが立っていた。精霊にはノックの概念などないので、たまに困ってしまうこともあるが、今は話しかけてくれたのが嬉しかった。
「アレン。いつも言ってるけど入るときはノックしてね」
「アンナとノアが暗い顔してると僕らも辛いよ」
アレンが単刀直入にそう言ったので、ぐっと言葉に詰まってしまった。頭を垂れて反省する。精霊たちも感じ取ってしまうほどだったとは。
私はいつも彼らの明るさに励まされているというのに、心配させて本当に申し訳ないと思う。
「ごめんね、迷惑かけて……」
私が謝ると、アレンが即座に否定した。
「違うアンナ。そこからして間違えてる。アンナはノアのことを分かってない」
「え?」
「じゃあ、アンナはノアの婚約者としてパーティーに行った時、嫌だなって思ってたの?」
「ど、どうしてそうなるの? そんな事思ってないよ、私は力になれて嬉しいと思ってたよ!」
慌てて首を横に振ると、アレンがふっと微笑む。その表情が、普段のアレンと違ったように見えた。
彼はぱっと見、十歳ほどの可愛らしい少年で、言動も無邪気で明るいので完全に子供扱いしてしまっているが、今の彼の表情はどこか大人びていた。まるで私を見守るような目だ。
アレンはゆっくりと私に近づいてくると、普段の天真爛漫な様子とは違った雰囲気で話し出す。
「アンナ。ノアから聞いたと思うけど……彼はいい家族を持てなかったし、そのせいで人嫌いにもなってしまってる。僕たちには優しいし一緒にいるのを嫌がったことはないけど、基本人間に対しては壁を作る傾向にある。ウィンみたいな、世話焼きで壁をぶち破るタイプの友人が一人でもいたことは奇跡だと思うんだよ」
「確かに、ノアはよくウィンを迷惑そうにしてるけど、彼の存在は大きいよね……」
「それでもウィンだってたまに会うくらいだし、引きこもりで人を信頼できない部分は直せていない。そこにやっと、アンナが来た。アンナの魅力は料理がおいしい所ももちろんだけど、痛みを知っていて優しさを持っているところだ。子供を探しに嵐の中飛び出して、一緒に海に沈んだのがその証拠だ。僕らはそれが見抜けるから、アンナを家に招き入れた……予想通り、ノアと仲良くしてくれてて嬉しいんだよ」
「仲良くなんて、そんな」
「アンナ。ノアはアンナに『迷惑をかけてほしい』んだよ」
ゆっくりとアレンが言った言葉が、私にとってはかなり衝撃だった。
思えば私がノアとパーティーに行ったことは、大変でもあったけれど嬉しくもあった。彼が困っている時に役に立てた事は、私たちの距離を縮めてくれた気もして、今では大切な思い出の一つになっている。
「でも私は……ノアにたくさん救われたから、恩返しとして……」
「ノアはアンナに救われてないっていうの? 何人も逃げ出したこの屋敷で働いて、いつも変人扱いされるノアをちゃんと見てくれた。婚約者のフリまでしてくれたんだ、ノアだってアンナの力になりたいと思ってるんだよ。ノアが悩んでるときにずっと隠されたら、悲しくない?」
そんなにたいそうなことをした覚えはない。それでも、もしノアがアレンの言うように想ってくれているとしたら、私は彼に壁を作りすぎていた気がする。
複雑な顔をしてしまった私を見て、アレンがにっこり笑う。
「まあ、雇用主だなんて言い方をしたのはノアが悪いけどね。あいつはほら、口下手で不器用だからさ。二人はもうただの雇用主と料理人の関係じゃないから」
そうなんだろうかーー
ぐっと胸が締め付けられた。階段の下で話した時の、ノアの悲しそうな顔が蘇り、後悔の念に襲われた。どうして素直に相談しなかったんだろう。ノアはキチンと耳を傾けてくれていたのに。
私は決意を胸に顔を上げた。
「私、ノアと話してくるね」
それを聞いたアレンは嬉しそうに笑った。さらに、部屋中の空気がほわほわと温かくなった気がして、目には見えないたくさんの仲間がいるんだということがわかる。みんなに心配かけてしまったんだな。
ドアに向かった私に、アレンが思い出したように言う。
「あ、でも今ノアは自分の部屋で寝てるよ。ノアはなかなか起きないから、僕が起こしてくる」
「そうなの……ううん、無理に起こすことはないよ。起きたら話すから、寝かせておいてあげて」
「え、いいの?」
「起こすの可哀そうだから」
彼が起きたら、まずは謝ってこれまでのことを話そう。言いにくいから時間がかかるかもしれないけれど、きっとノアは最後まで聞いてくれるはず。そして、今困っているんだと伝えよう。
私はそう心に決め、とりあえずノアが起きてくるまで家事をしていよう、とゆっくり部屋から出た。
天気がいいので、洗濯したものを外で干すことにした。
最近はぐっと寒くなっているので、洗濯ものも乾きにくい。日がしっかり出ている時に干しておかないと、夕方にげんなりする羽目になる。
皺を伸ばしながらせっせと洗濯物を干していくと、寒気も感じなくなり体がぽかぽかと温かくなってくる。ちなみにノアは洗濯物は全て魔法で洗って魔法で乾かすらしい。
一度、「アンナの分もやりましょうか」と声を掛けてくれたことがあった。なんて便利なんだろう! と食いつこうとして、中には下着などもあることを思い出して断った。もしかしたらノアに見られるかもしれないリスクがあると思うと、自分で全部やった方がいい。
ただシーツなどは彼の魔法にお願いすることもある。
「そういえば、私がびしょ濡れになった時も魔法で乾かしてくれたことがあったっけ」
思い出してふふっと笑ってしまう。海に落ちてノアが助けてくれた時のことだ。ちなみにパウルはあの後も元気にしていて、たまに顔を出して一緒にパンケーキを焼く仲になっている。ノアがいなかったら、あの小さな笑顔も守れなかったのだと思うと、今でも時々ぞっとしてしまう。
「さて、これで最後……」
そう一人呟いて干し終え、満足して空を見上げた。雲一つない青空だ。木々が揺れ、パリパリになった枯れ葉を地面に落としていく。
そろそろノアは目を覚ますだろうか。起きたらリビングに降りてきてくれると思うのだが……とりあえず中に入ろうと家の方を見た時、背後で足音が聞こえた。ゆっくり葉を踏む音だ。
反射的に振り返り、息を止める。
腰までの長いブラウンの髪と、クリっとした大きな二重。白いコートに身を包んだ可愛らしい女性は、私の姿を見てにこりと笑った。
私はその姿に衝撃を受け、洗濯物を入れていた籠を手から落とす。
「久しぶり、アンナ」
「……なんでここにいるの、ミランダ」
唖然としつつ出たその名は、私の古い友人の名だ。
確か十二、三歳の頃、私の街に越してきた少女、それがミランダだ。年も同じなのですぐに仲良くなり、幼馴染でもあったハリスも交えてよく遊んだ友達。私とハリスの結婚を聞いて、みんなでお祝いしよう! と婚約パーティーを開いてくれたのも彼女だった。
そしてーーハリスと私の家で裏切り行為を行った相手でもある。
一夜にして婚約者と友達両方を失った。あの夜以来、もちろん一切ミランダとは接触していないので、無論、私がここにいることを知るはずもない。




