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帰宅

「どこかの誰かが無理を言って、あなたが慣れない厨房で料理を作っていると小耳に挟んでいたけれど……これが完成したものか。婚約祝いの贈り物、というわけだ。」


「あ、すみません、私勝手なことを……!」


「あなたが謝る必要はない。ノアが惚れこんだ腕前、せっかくなので私も」


 そう王子が言ったのでぎょっとした。それは私だけではなく他の人もそうで、青いドレスの女性は強く首を振った。


「そんな! どこの馬の骨が作ったかわからないものを口にするなど」


「他の人も食べているなら毒見は完了ってわけだ」


 王子はそう妖艶な笑みを浮かべ、彼女を黙らせた。そして、ためらいもなくスープに口を付ける。


 すると、ずっと涼しい表情をしていた彼の様子が一瞬で変わった。


 驚いたような丸い目、動きを止める手。その光景にこちらまで息を止めてしまった。


「……あの、どうされましたか」


 私が恐る恐る声を掛ける。私、何も入れてないよね? 毒物なんて入れてない、変なものは入れていない! それともやっぱり、舌が肥えた人にはめちゃくちゃまずいのだろうか!


 王子がゆっくり私の顔を見る。そして、小さな声で尋ねた。


「まさか……いやでも、名前が……」


「はい?」


「君、名前を確かカルミオン……」


「は、はい。アンナ・カルミオンです」


「……ロイド・カルミオンという人物に心当たりは?」


「あ、父です」


 私がそう答えると、王子は再び固まり沈黙が流れた。尋常ではないその様子に、私はただただ混乱し狼狽えた。


 何が起こったの? 父の名が出たのはどうして?


 王子は長い息をゆっくり吐きだし、手に持つ器をゆっくり見下ろす。


「……父にも食べさせよう」


「あ、お父様に……おと、お父様!!?」


「母や兄たちにも」


「おおおおおお兄様!?」


 それって国王や王太子たちということ!? なぜそんな風に話しが飛躍するのだ。貴族の舌に合わないと分かったのに、国王に食べさせるわけにはいかない。


 慌てる私をよそに、ノアが冷静に問う。


「もしや、この味に覚えが?」


「……幼い頃、うちで働いていた料理人と全く同じ味だ。父も母もほれ込んだ人だったんだが、結婚して子供が出来たのをきっかけに、仕事を辞めていった。みんな総出で止めたぐらいの腕前だった。あの味を再現させたいといろんな人を雇ったけれど、どれも違って」


「……もしや」


 王子が懐かしそうに目を細め、私を見る。


「優しくてで深みのある不思議な味……君が作ったのはその味と全く同じだ。まさか、娘だったなんて」


 会場中が息を呑んで私に注目した。私はようやく、王子が言っていることを理解したのだ。


 確かに父は、昔王室に気に入られていた凄い人だった、と聞いたことがある。でも体の弱い母と結婚し、私を妊娠したことで、王都から静かな場所に移住しようということになり、王室の料理人を辞めた。


 それから引っ越し、仕事はレストランで働くようになった。母は亡くなり、私に料理を教えながら二人で暮らしていた。


 でもまさか、王子に名前も憶えられているほど凄い人だったとは……。


 驚いている私をよそに、王子が笑う。


「知らなかった? ロイドは本当に素晴らしい腕前だった。まだ子供だったけど、このスープが本当に大好きで……今、飲んで息が止まったかと思ったよ」


「お、王室で働いていたことは聞いていましたが、まさか……」


「ロイドは今も料理人をしているんだろう?」


 彼の質問に、私は少し俯いて小さく首を振った。


「いえ、父は少し前に亡くなりました。母はもっと前に」


「……そうだったのか。申し訳ないことを聞いた」


 王子は少し悲しそうにしたけれど、すぐに頭をあげて優しく言った。


「でも、君に味を引き継いでいるなんて感激だ。ここにいる者は運がいい。我々が昔から気に入っている味を食べることが出来たんだからね」


 そう王子は笑って周りを見回した。青いドレスの女性がぎくっと体を固まらせ、顔面蒼白になっている。この味を美味しいっていう人はそれこそ庶民だ、なんて豪語していたもんなあ。まさか、このスープが王族一家のお気に入りだったなんてね。


「さて、父も母も昔からこのスープを気に入っていたから、大喜びだろう。きっとアンナにぜひうちで働かないか、って誘ってくるよ。どう?」


 王子が笑顔でそう提案してきたので驚いた。思ってもみない勧誘だ、まさか王子直々に勧誘されるとは。料理人として、これほど名誉なことはないだろう。


 ちらりと、ノアが私の顔を横目で見る。その目からどこか心配そうな気持が伝わってくるのは気のせいだろうか。


 私がいなくなると困る……なんて思っていてくれていたら。


 そう考えるとじんわりと心が温かくなる。


 私は小さく首を振った。


「ありがたいお話ですが……私は今住んでいる街が気に入っていますし、何よりノアのそばで料理を作ることが楽しくて仕方がないので」


 本音だった。


 包丁が使えないとかそういう問題がなかったとしても、私はこの話を受けていなかったと思う。今、あの小さな街ですごし、ノアや精霊たちに料理を振舞う日々が充実して楽しいのだ。王宮で働くことは名誉なことだけれど、今は興味がない。


 私の答えを聞いて、王子は悲し気に眉尻を下げる。


「そんな……どうしても?」


「は、はい。申し訳ありません」


「住む場所も用意するし、給料だって……」


 引き下がらない王子を相手に少し戸惑っていると、すっと私と王子の間にノアが入り込んだ。彼はちらりと私を見た後、王子に向き直る。


「の、ノア……」


「忘れてもらっては困ります。彼女は私の婚約者です」


「はは、そうだった」


 王子は苦笑いして頭を搔いた。それと同時に、ノアが指先をくるりと回すとふわりと風が吹き、私とノアを包み込む。ノアは私の腰を抱いて自分に引き寄せた。


「私の婚約者は、嘘つき呼ばわりされた挙句、無茶苦茶な条件で料理をしろと言われたり、その後もわざと料理を貶されたりと大変疲れたでしょう。今日はこれで失礼します」


 王子は申し訳なさそうに顔を顰める。


「申し訳ないことをした。せっかくノアが婚約者を紹介してくれたのに。彼女に失礼なふるまいをした人間には話をしておく」


 そのセリフを聞いて、青いドレスの女性がさらに青ざめたのを私は見逃さなかった。ドレスの色と同じぐらいだ。まあ、王子にこんなことを言われれば普通の人間なら気を失いそうになるだろうな。あの人は今後どうなるんだろう。


 ノアはこくりと頷き、さらに強く私の体を引き寄せたので、私の心臓がどきりと鳴る。


「では、今日はこれで」


「あ! うちで働けとは言わないから、時々うちに来て料理を振舞ってくれないか!」


「彼女と相談します」


 ノアはそう不愛想に返事をすると、口から小さく息をふっと吐いた。まるで目の前の煌びやかな会場を吹き飛ばすようなしぐさだった。同時に、一気に周囲の景色が回るようになり、王子たちの顔が遠のいていく。挨拶をする間もない。最後に見たのは、私たちを驚きの顔で見ている人々の、少しマヌケな表情だった。もしや、ノアの魔法に驚いているのだろうか。


「帰りましょう」


 すぐに会場の姿は見えなくなり、辺りは真っ暗になっていた。最初に通った、あの道だ。


「あ……ノア、私この恰好のままで」


「今度制服は私が返しておきます。ドレスもその時返してもらいますから」


「せっかくノアがプレゼントしてくれて、精霊たちに着飾ってもらったのに……申し訳ないです」


「申し訳なく思う必要はないです。嫌な思いをたくさんさせたと思います……すみませんでした」


 ノアと二人寄り添うようにしてゆっくり歩きながら、彼とそんな会話を交わす。真っ暗で周りは何も見えない。二人きりの世界のようで、声がやたら響くように思った。

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