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 しばらくして、会場に足を踏み入れる。中は優雅な貴族たちで溢れかえっており、皆グラスを片手に慎ましい笑顔を浮かべている。


 そんな中、青いドレスを着た女性がこちらに気が付いた。驚いたように目を丸くし、私とノアを見る。


「本当に料理してきたの……?」


 小さな声でそう呟いたのが私にも聞こえた。尻尾を巻いて逃げ出すと思っていたのだろうか。


 私たちに彼女が近づくと、他の人々も気づいたようで視線が集まってくる。


「まあ……料理人の制服をお借りになったんですね。とってもお似合いです、それだけで料理人が嘘じゃないってことが分かりますわ! ドレスよりお似合いですもの」


 彼女は笑いを含めた声でそう言った。周りの人はそれを聞いて小さく笑っている。


 ノアが何か言おうとしたのを遮って、私はにっこりと答えた。


「そうでしょう! だって、私の本業はこっちですから。ドレスを着てうふふあははと笑っているより、ずっと合っていると思います。やりがいもあって楽しい仕事です」


 あっけらかんとしている私に苛立ったのか、彼女は少し眉を吊り上げたが、話題を変えるように私の顔を覗き込む。


「それで、何を……?」


「スープです」


「はあ、スープ??」


 眉を顰めて聞き返される。


「はい。パッと見たところ、用意されている料理は全てとても手が込んでいて、さすが高級なものばかりみたいです。味付けもこだわりがあり、しっかりしたものが多いでしょう。なので今回、あえて優しい味付けにしました。胃にも優しいですし、ちょっと休憩するのにどうかと」


 そう言うと、ノアが指先をくるりと回す。私たちの背後から、大きな鍋がふわりと浮いて会場に入ってきた。会場はどよめき、皆口々に『魔法だ』と驚いている。やはり、魔法を直接目にする人間はそう多くないらしい。


 ノアが運んでくれた鍋は静かに空いている場所に置かれた。


 素材の味を生かしたスープは、父が私によく作ってくれたものだ。


 実は一番最初にノアにふるまったのもこれだ。彼やアレンが美味しいと言ってくれたスープは、私の得意料理でもある。高級素材は特に使っていないが、懐かしい味のする、体にいいスープだ。特に今回の場合あまり時間もなかったし、食材も限られていたので、作れる料理の種類は知れていたのだが。


 私は鍋の蓋を開けてそれをよそう。ふわりといい香りが漂い、近くにいた夫人がおずおずと私に近づいた。少しぽっちゃりした、五十代くらいの女性だ。


「くださる?」


「どうぞ」


 それを筆頭に、物珍しそうに人々が集まる。見た目も味も派手ではないが、高級食材ばかり並んでいるこの会場ではそれがむしろ人目を引くのかもしれない。それを見て、青いドレスの女性は顔を顰めたが、渋々一つ手に取った。


 みんなが一斉に口に運ぶ。ドキドキしながらそれを見守っていると、初めにスープを受け取った夫人が顔を綻ばせたのが目に入った。あの表情なら、きっととんでもなくまずいとは思われていないはず。


 やった、と口角をあげた時、大きな声が響いた。


「これが料理人が作ったものですか? 私の口には合いませんわね。これを美味しいなんて言う人はそれこそ庶民でしょう」


 青いドレスの女性だった。


 彼女は嫌そうに、でもどこか楽しそうにしながら声高々に言い、私の方をちらりと見た。


 勝ち誇ったような、そんな顔。ぐっと私は拳を握る。


「料理人と名乗るのはどうかと……やっぱり家政婦ってとこね。ノア様も、こんなものを食べて生活していらっしゃるなんて。随一の魔法使いが、聞いて呆れます。ちゃんと考えた方がよいのではないですか」


 愕然とした。


 自分の考えが甘いと思い知らされたのだ。いくら有名な父に仕込まれ、料理人として働いていたとしても、貴族の人の舌にはまるで合わないのか。食べてもらえばきっと分かってくれる、なんて幻想だった。


 何とかしてノアが嘘つきという言葉を撤回させたかったのに、結局ノアに恥をかかせて終わるだけになってしまうなんて。


 ゆっくりスープの方を見る。精霊たちが、あんなに食べてくれた料理なのに……。


 青ざめた私を支えるように、ノアが肩に手を回す。そして、彼は淡々と言った。


「この味の良さがわからないとは……哀れな人ですね」


「……なんですって」


「うちに集まる精霊たちも愛しているこの味を、そんな風に言えるなんて、失笑ですね。人にあれこれ言って無理やり料理させた挙句、お礼も言わずそんな事しか言えないとは……限られた時間と材料でこれを作り出せる才能がわからないんですね。哀れな人間です」


 ノアが精霊、と言った途端、小さくないざわめきが起きた。それをノアは無視し、私に言う。


「アンナ、ありがとうございました。帰りましょう」


「ノア……」


「大丈夫、分かってくれる人は分かってくれています」


「でも……」


「もしや、それがノアの婚約者が作ったという料理か?」


 突然、凛とした声が響いた。はっと顔をあげると、いつの間に背後に来ていたのか、王子がにこやかに立っていた。周りが慌てた様子で騒ぎ出すが、彼は涼しい顔をして続ける。

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