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穏やかな日々



 肉の焼けるいい香りが充満している。隣の小さな鍋でソースを作り、少し味見をしてみると、想像通りの出来栄えに満足した。


 今日のメニューは鶏肉のソテーだ。ちょうどいい頃合いだったので肉をひっくり返し、程よい焼き色に頷く。焼きあがったらソースをかけて完成だ。


 振り返ると、相変わらず茶色の籠に置いた料理は早速減っている。作っても作っても、どんどん減っていくんだから。


「さて、メインも完成」


 盛り付けて早速テーブルに運んでいく。ノアに声を掛けるためにリビングの方へ行くと、ソファの部分だけ、物が散乱しており、その真ん中にノアが座っていた。


 私は呆れてノアに言う。


「ノア! またこんなに散らかして……片付けてください!」


 私には何と書いてあるのかわからない、むしろ何語かも知らない本を開いたままノアはこちらを見上げる。熱中していたためか、少し目が赤くなっていた。


「ああ……集中してしまっていました」


 そう一言呟き、指先を動かして魔法で部屋の掃除を行い、あっという間にスッキリする。魔法ですぐに片付くのはいい事だが、はじめから散らからないように使えばいいのに。

 

「アンナは綺麗好きですね」


「え!? ふ、普通です!」


 やや狼狽えてしまった。


 言えるわけがない。一か月以上も前、彼が散らかした物で足を滑らせ、彼の上に倒れこんでキスのようなことをしまったことがあるなんて。


 あの一件は何もなかったように過ごしている。この家は私には見えない精霊たちがいるので、彼らからノアに伝わってしまったら……と心配していたのだが、精霊たちはあの事故をノアに教えてはいないらしかった。それが一番不安だったのでほっとしている。傍から見れば、完全にキスをしてしまったように見えてしまうだろうと思っていたから。


 まあ、事故なのだからそんなに焦る必要はないとも思うけれど、やっぱり気まずいので私一人の胸に秘めておくのが一番だ。


 それ以降、特に問題なくノアの家で料理人として過ごしている。

 

 精霊たちとも上手くやっていけていると思うし、ノアから料理について注意をされたことはない。いつも完食してくれるし、時々美味しかったです、と感想をくれることもある。充実した毎日を送っていた。


 この街にもだいぶ慣れてきて、徐々に知り合いも増えてきている。私がノアのもとで働いていることはみんなに知れ渡っており、買い物に行くとたくさんサービスしてくれるので、お金はあまり使わずに大量の食材を手に入れている。


 でも、パウルを見つけあの嵐を収めた場面を見てからは、彼が街の人たちに感謝される理由がよく分かっている。


 ノアは嵐を抑える魔法を完全に無償でやってくれているらしく、そりゃ街の人たちは感謝してもしきれないだろう。私は素直にサービスを受け入れることにしている。


 いつの間にか、この街に来て一か月半が経っていた。私は毎日をそれなりに楽しく過ごせている。心に負った傷も、思い出さなくなるぐらいに。


 それにーーあの事故以来、ノアを見ると少し意識してしまっている自分がいる。事故なんだし誰にも見られていないみたいだから、早く忘れればいいのに、と思いながらも、時々ノアの薄い唇を見てはドキッとしてしまっている。


「やあ! 今から夕食ー?」


 ノアが料理の前に腰かけたとき、明るい声が部屋に響いた。ノアと同時に振り返れば、やはりウィンがにこにこ顔で立っていたのだ。


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