一体どこへ
「ノア!!」
聞きなれた声にあっと声を上げた。
「叔父さん!」
廊下に顔を出して呼びかけると、玄関にいた叔父さんがこちらを見た。彼はびしょびしょに濡れたレインコートを着て立っている。でも、レインコートの下の顔がやけに青ざめている気がして、私の心がどきりと鳴った。
慌てて駆け寄る。
「叔父さん? どうしたの、こんな日にわざわざ」
「アンナ、ノアはいる!?」
「う、ううん。仕事で出かけてて……今日の朝に帰ってくる予定だったんだけど、まだ」
私の言葉に、叔父さんはなお青ざめた。尋常ではないその様子に、尋ねる。
「何かあったの?」
「……だいぶ大きな嵐が来てる。皆自分たちでできる対処をしているところなんだが……パウルが」
「……え?」
「パウルがいなくなってしまったんだ」
心臓がひゅっと冷たくなる。私が焼いたパンケーキをたべて嬉しそうに笑うパウルの顔が目に浮かんだ。
「ど、どういうこと?」
「隣の家の犬が脱走してしまったんだ。パウルが可愛がっていた子でね……隣人とその話をしていたらいつの間にか家からいなくなってしまっていた。多分、探しに行ったんだと思う」
「一人で!!?」
「今回の嵐は大きいみたいだから、家から出るなと私たちにきつく言われていたからね。ノアがいてくれたら、と思ったんだが……」
叔父さんの手が小さく震えている。だが彼はキッと強い視線で前を見ると、再び玄関のドアの方に向いた。
「もしノアが帰ってきたら、パウルのことを伝えて、何とか探せないか聞いてみてくれ。私は探しに行く!」
「わ、分かった!」
叔父さんがドアを開けた途端、外の風が中にまで入り込んできた。想像していたよりずっと強くて、大人の私でも体がよろめいてしまう。雨は冷たく、一気に寒気が襲う。私の髪は風で巻きあがり、顔に水滴がたくさんついた。
ドアが閉まった後、一人呆然としていた。
大人の私でも、こんな風になったというのに、子供だったらどうなってしまうの?
想像してぞっとする。
「アレン!」
私は振り返って大きな声で呼ぶ。少しして、離れたところからアレンが顔を出した。彼はいつもと違い、どこか困ったような顔をしている。
「アレン、この嵐どうにかならない!? もしくは、パウルの場所がわかるとか」
どちらかだけでも何とかなれば、希望が見えると思ったのだが、アレンは悲しそうに首を振った。
「嵐のような大きいものは、精霊の力では何とも出来ない……見知らぬ人間を町中から探し出すのも、難しい。せめて知ってる人間で、森の中を探すっていうなら、どうにかなるんだけど」
「……」
アレンたち精霊の力では、さすがに難しいようだ。私はそれを聞いて決意すると、自分の部屋に駆け込んでクローゼットからレインコートを取り出した。急いで羽織ると、玄関に向かって行く。
アレンがぎょっとした様子で尋ねてきた。
「アンナ、どうするの!?」
「私も探しに行ってくる」
「この外を!?」
「ノアが帰ってきたら、パウルのことを伝えておいて!」
「でもアンナーー」
アレンの声を無視し、私は外へ飛び出した。ごおおっと大きな風の音だけが耳に入り、強い雨と風が体を押し返そうとしてくる。立っているのもやっとの強風だった。
空は真っ暗に染まっており、木々の葉が遥か遠くに飛んでいるのが見える。フードをしっかり被って手で押さえると、私は何とか足を踏み出して歩き出した。
こんなに強い嵐を経験したことはなかった。
進むのさえ精一杯で、気を緩ませれば私も吹き飛ばされてしまいそうなので、歯を食いしばって耐える。
元々足場がよくない森の中を進むのは大変だったが、木々が並んで風よけになっているためか、家を出たときより少し進みやすく思った。必死になって森を抜け、街に出た頃には、買い物に来た時とは全く違う様子に驚いた。
当然ながらすべての店がすでに閉まっており、閑散としている。人の姿は見当たらず、皆家の中に避難しているようだった。唯一いたのは、すでに強風による被害が出てしまっていたのか、割れた窓ガラスの補強をしている男性ぐらいだった。
私は大声で尋ねる。
「すみません! 小さな男の子を見ませんでしたか!?」
風の音にかき消されてしまいそうだったが、何とか届いたようだった。男性は顔をあげ、私に声を張り上げる。
「見てないよ! こんな時に子供なんか歩いてたら吹っ飛ばされちゃうよ!」
彼の言うことは尤もだ。それに、子供が一人で歩いていたら普通保護してくれるだろう。返事を聞いて一度頭を下げた後、私は再び歩き出した。
パウルの名前を呼びながら街を歩いていくが、誰も見当たらない。よろめきながら街を進んでいく。
家を出たときより風も雨も強くなってきていた。そして外は夜が訪れようとしており、一気に暗くなってきている。このまま闇に包まれてしまったら、パウルを見つけるのはさらに困難になるだろうと焦ってくる。
「君! 何してるの!」
三十分ほど歩き回った時、人の声がして振り返る。見てみると、警官が怖い顔をしてこちらに向かってきた。
「外に出てるなんて危ない! 今すぐ帰りなさい!」
「あ、あの、パウルを……家からいなくなってしまった子供を探してて」
震える声で事情を説明すると、警官はすぐにああ、と言った。
「ジョージの所の子だね? 話は聞いてる。僕たちも探してるけどまだ見つかってない」
「もう暗くなるのに……!」
「とはいえ、素人が、しかも女性が探すのは無謀だ。僕たちも手分けして探してるから、君は家の中に入っていなさい。いますぐ帰るんだ、分かったね!?」
有無言わさない言葉に、私は頷いた。それに満足したのか警官はすぐに走っていってしまったが、私はもちろん帰る気なんてなかった。
パウルがどこかで怖い思いをしているかもしれないのに、一人で帰るなんてことはできない。そう思って、私はさらに足を進めた。




