ウィンという人
この人一体、いつの間に中に? つい今さっきまで気配を感じなかった……ドアが開いた音も、足音も気づかなかったのに!
侵入者かと思い、咄嗟に武器になりそうなものを探すが、あいにく廊下にそんなものがあるわけがない。とりあえず見よう見まねで拳を作って構えてみる。
「あ、あなた誰ですか!? いつここに入ったんですか!?」
ひっくり返った声でそう言った私に、彼は大きな声を上げて笑った。
「ごめんごめん驚かせた? 僕はノアの友人で迎えに来たんだけど……もしかして家政婦さん? ノア、家政婦を雇うなんて一言も言ってなかったけど」
「ゆ、友人ですか……? 玄関のドアが開く音も聞こえかったですが」
「ああ、だってドアは魔法を使えない人間専用だもん。僕はそれをくぐらなくても、こうして中に入ることが許されてる」
「え……ということは、あなたは」
作っていた拳を解いて唖然とする。彼は頷いた。
「ウィンターです。ウィンって呼んで。ノアと同じ魔法使いだよ」
そう言って、その言葉を証明するように人差し指を出し、くるりと回して見せた。よくノアがやっている動作と同じだ。
そしてその指先から、花びらのようなものがふわりと飛び出してきた。
「わ……!」
「こんな可愛らしい家政婦さんがいるって知ってれば、美味しいお菓子の手土産ぐらい持ってきたのに。ね?」
ウィンはそう言って肩をすくめた。ノアとは全くタイプの違う人間のようだが、どうして友人をしているのだろう。
私は頭を下げる。
「すみません、お客様に失礼なことを……昨日から雇われたばかりで。えっと、私は家政婦ではなく、一応料理人として雇われているアンナです」
「え、料理人?」
「まあ、結局掃除だとか色々やってますから、家政婦みたいなものかもしれませんが……」
「へえー! そういえばあいつずっと探してたっけ。んでやっと見つかったってことかあ。ここで雇われたなら相当腕前がいいんだろうね、なんてったって味にうるさい者たちが大勢いる」
精霊たちのことだ。アレンを始めとした、私には見えないものだち。
「んでもって性格もいい女の子、と。凄いねえ―アンナ、よろしくね!」
右手を差し出されたので、おずおずとそれを握る。ほんと、ノアとは性格が正反対だ。彼は私の手を握ったままきょろきょろ辺りを見回した。
「……で、ノアは?」
「あ、まだ寝てるみたいで……今から起こしにいこうかと」
「げ。まじかよあいつ! 今日が何の日か忘れたわけじゃないだろうな」
そう言ってウィンは焦った様子で階段を駆け上がっていった。私はとりあえずその場で見守っていると、しばらくして二階から大きな爆発音のようなものが聞こえてきて固まってしまった。かすかにウィンの声が聞こえてくる。何やらノアを叱っているような声だった。
「ど、どんな起こし方をしたというの……」
アレンには唐辛子攻撃をされていたし、ノアの目覚めはいつもこんなのばかりなんだろうか。
心配していると、少ししてウィンだけが下りてきた。やれやれ、といった様子で顔をしかめ、私に言う。
「やっと起きたよ。全く、遅刻しちゃうよ」
「あの、凄い音が聞こえましたが……」
「だってあいつあれぐらいしないと起きないもん。あ、ちょっと衝撃を当ててやっただけで、何かを破壊したとかじゃないから安心して」
安心していいんだろうか。
「今日は何か予定があったんですか?」
「今日はさ、三ヵ月に一度ある、魔法使いたちの会合があるんだよ。あいつあんなんだけど魔法の才能はぴか一だから、出ないと話にならない」
「やっぱりノアってすごい人なんですか……」
ついそう呟くと、ウィンが大きな声で笑った。
「そう思うよねーちょっと変わり者だしねー! でも腕は一流なんだなこれが。そのうち、分かると思うよ」
「そうなんですね。まあ、ここでも色々魔法は見させて頂きましたが……」
「家の中で使う魔法なんてあいつにとっては大したものじゃないけどね。準備したら降りてくるはずだから、それまで待たせてもらうよー」
ウィンは慣れた様子でさっさとリビングへ入って行ってしまった。お客様が来たのだから、とりあえずお茶ぐらいは淹れようと思い、お湯を沸かしに急いで移動する。
少ししてお茶を持ってウィンの元へ行くと、彼は食卓に座り、私が並べたノアのための朝食をギラギラした目で見ていたので、少し怯えてしまった。
「あ、あの、お茶を……」
「これってアンナが作ったってことだよね……? 超うまそう……」
「ウィンの分もお出しできればよかったんですが、残りのパンが皆食べられてしまって」
「くそ、あいつら容赦なく食べたんだな! ってことは味も最高ってことじゃんか……そうだよなあ、ここで働いてるぐらいだもんなあ」
ぶつぶつと独り言をいうウィンにどう声を掛けようか迷っていると、すっと隣に人が通った。ウィンと同じ黒いローブを着ていた。
「あ、ノア……」
そう名前を呼んで、すぐに驚きで止まってしまった。
たっぷり寝たためか、彼の顔色は昨日よりずっとよくなっていた。白い肌には変わりないが、血色がよくなっており、かさついていた唇も色を取り戻している。さらに目の下のクマも少し良くなっており、印象がかなり違って見えた。
ノアって、こんなに綺麗な人だったんだ。
昨日も、顔立ちは綺麗かもしれない……と思ったけれど、それよりも疲れ切った生命力のない風貌の方が印象が残ってしまっていて、ようやく本当の彼の姿に気づけたのだ。まあ、今の姿もどこか活気が足りない感じがするが、これが彼の通常のオーラなのだろう。
「ウィン、どいてください。私の朝食です」
「ねーねー半分こしようよ!」
「私のです、どいてください」
「起こしてやったのにさあ……」
ウィンは不満げに椅子から立ち、違う席に腰かけた。私がそこに持ってきたお茶を運ぶと、早速彼は飲んで目を丸くした。
「うわー! ノアの家でこんな美味しいお茶が飲めるとはね! お前が魔法で適当に淹れるお茶、めちゃくちゃ薄いか濃いかどっちかなんだよ」
「ほっといてください」
ノアは早速サンドイッチを頬張ると、少し眉をあげた。その小さな変化で、美味しいと思ってもらえたようだ、と分かる。私はホッと息を吐いた。




