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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
17.魔法は禁止ですっ
95/147

17-1.

*****


 当該国家に到着するや否や、道端においてどこの馬の骨ともわからない男に絡まれたのだが、まあ、むしろアクシデントは微笑ましいし望むところだ。えらく背の高い、言ってみれば太っちょに「ホテルに連れ込み突っ込みたい旨」を聞かされ――ゆえに少々「この国は民度は低いのかもしれないな」と感じさせられながら、その要求を拒んだところ強制的にどうにかされそうになってしまい、だからデモンも力ずくで反撃してやることにしたという寸法だ。腕力に任せて地にうつ伏せに叩きつけてやり、その大きな頭――髪というものがいっさいないつるりとした後頭部をを踏みつけてやった――といった段になって太っちょは「おではアルベオだ、くそったれめぇ」と憎らしい口を利いた。名など訊いちゃいないが、そうか、アルベオ、か。裸にサスペンダーはアレだから阿呆みたいだからどうにかしたほうがいいと考えるものの、あえて否定してやることはしない。面倒だからだ。口を開くのもめんどくさいシチュエーションというのは、確かにある。


「なんの迷いもなく街中で吹っかけてくるあたり、おまえはそれなりの立場なんだろうな。お供のニンゲンもいることだしな」

「そうだど、おでは偉いんだど。だから足をどけろぉぉっ」


 言われたとおりにしてやることについてはやぶさかではなく、だけど気分的に後頭部をもう一度、踏みにじってやった。やっつけた感はあまりない。とことんタフなのだろう。体躯の大きさも間違いなく才能の一つだ。「おで」は見事親ガチャに当選した男だと評価して差し支えない、にしても、おで、おで、おで、か。知恵足らずに感じられるところは――まあ、憐れんだりはしないのだが。


「どうあれおまえはこのわたしに喧嘩を売ってくれたわけだ。いくら街にあろうが、どれだけの衆人監視にあろうが、殺してやってもいいんだぞ。むしろ楯突いてきたのだから、ぶち殺してやりたいな」

「ややっ、やってみろ」

「物を述べるのにつまずくな。そして黙れ。上司に会わせてもらおうか」

「じょじょ、上司?」

「どもるなと言った」


 立ってもらおうか――そう言って、デモンはアルベオが立つのを待った。あらためて前にすると、さんざん自慢してもいいほどの巨躯である。何度だって言う。身体がデカいのは間違いなく才能だ、ギフトだ。


「幾度も言わせるな。上司は? いるんだろう?」

「そ、それは、いるんだど」

「おまえは弱くない」

「えっ」

「弱くないと言ったんだよ」


 褒めてやったつもりではある。だが、頬を赤らめるほどに照れられるとは考えもしなかったが。


「わ、わかった。おで、おまえに上司を紹介する。ベリナス様を紹介する」

「ベリナス様か。そいつは何者だ?」

「この国の第一王子だど。王にとっては、きっと最初で最後の子なんだど」

「ほぅ。総じて、王は子だくさんだと考えていたが」

「そうでない場合だって、あるんだど」


 にしても、そうか、アルベオの雇い主は王族なのか。だとすると、そう簡単に会えるとは思えないのだが。しかし、デモン・イーブルの人生において忌み嫌うべきは「暇」であり、よって、面白いことになりそうであれば、積極的に首を突っ込んでみようと思うわけであり。デモン・イーブルの精神にはいつだってドラスティックな改革が必要なのだ。それを続けた先にこそ、未来と快感はある。



*****


 ベリナス王子はまだ若い。二十代の前半といったところだろう。長い茶髪を後ろでひっつめている。なかなかの男前だ、ブルーの瞳に削げた頬、演劇等にひっぱりだこの役者みたいに華があるなとのポジティブな感想すら抱いた。


 特等席――主役のオペラ歌手――年を食った鳩胸の男性を、ちょうど良く見下ろせるボックス席に招かれた。デモンは腕も脚も組んで一人掛けのソファの背もたれに身体を預け、目当ての人物はというと、同じような姿勢――態勢である。おでおでうるさいアルベオの姿はない。おでおでうるさいのだから、この場にはふさわしくないだろうと考える。


「ベリナスだったか。このような厳かで偉そうな場にお招きいただいたことについて感謝する」


 ベリナスはすぐには何も答えず、ややあってから、「いい歌でもある、いい声でもある。そうは思わないか、デモンさん」と問いかけてきた。


「音楽のクォリティーなど、わたしにはわからんのだよ」デモンは正直に答えた。「ガキの時分の学校で、音楽室の後部にはその道の著名なニンゲンの肖像画が掲げられていた。わたしは奴さんらが気持ち悪くてしょうがなかった。いずれも気色の悪い着飾った表情であり、個性など皆無だったからなんだろうな、ああ、そうだ、レガシーとされる概念的象徴については嫌気が差す。吐き気すら覚えるよ」


 オペラ歌手の男の「良く通る声」としか表現のしようがない歌声が、薄暗い巨大なホールに響き渡る。うっとうしくはない、むしろ心地良い。


「ところでデモンさん、あらためてになる、あなたは俺になんの用だ?」

「わたしはとことん暇だと申し上げたつもりだよ」

「俺に関われば暇をしないで済みそうだと?」

「勘がいいことだ。では、おまえは何をしようというのかね」

「何かしようとしているように見える、と?」

「そう見える。そも、何をやろうともしないニンゲンはクソでしかないんだがね」

「聞いて、もらっても?」

「かまわんよ。しかし、どうしてヒトはわたしに相談したがるのかね。まあ、自身が大人物かと問われると、そうだよと答えるしかないんだが」


 ベリナスは「それはそうだろうな。あなたが大した人物に見えるから、誰もが胸の内を打ち明けたがるんだろう」と言った。「べつに、そこにあるのは不思議な理由だとは思わないな」と続けた。


 オペラ的な声のこだまが続く。

 どうしたら、あれほどまでに力強く美しい発声ができるのだろう。


「しょうもない話だと思う」

「それはわたしが判断する」

「父を――王を討ちたい」


 ほぅと、デモンは感心した。

 興味深い一節ではないか。


「また、それはどうしてだ?」

「じつのところ、この国に強いられているのは王の圧政だ」

「そのわりには、民はそこそこ潤っているように見え、感じられたが?」

「かもしれない。だが、そこに王に媚びへつらう気性が潜んでいるのであれば、それは健全とは言えないだろう?」

「おまえは賢人だな。なぜならそれは、もっともな言い分だからだ」


 立派な志だと思う。だが、それを成すにあたっては、否、成したあとのことをきっちり考えておかなければならない。ゆえに、「王がいなくなったら、それなりに、国は混乱するように思うんだが?」とお伺いを立てた。「おまえは(まつりごと)も達者なのか?」と重ねた。


「俺は政治はしない。餅は餅屋だ。適当なニンゲンに任せる。俺が出る幕なんてない」

「王政さえ崩れれば、あとはなんとでもなる、と?」

「悪いことかな?」

「そうは言わん。どうあれ――何度だって言うが――わたしについては状況を楽しみたいというだけだ。よって、できることなら、クーデターか? 早いうちに起こしてもらえるとありがたい。わたしはせっかちなんでな」

「期待に応えるとは言わない。ただ、見届けてはもらいたい」

「そこにある真意は?」

「何かを任せるとすれば、あなたみたいなヒトに委ねたいからだ」


 オペラがやみ、ホールのみながスタンディングオベーション。それに倣ったデモンとベリナスだった。大きな「ブラボー!」なる賛辞で埋め尽くされたのだった。


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