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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
7.精神の肥満
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7-4.

*****


 困りに困ったデモン・イーブルである。なぜ困ったかって、朝刊の一面に「ライザ・ウィンが亡くなった旨」が躍ったからだ。別人の可能性も考慮したが、「ブン屋のライザ」とあれば、さすがに疑いようがない。ゆえに「さて、どうしたものか」と悩むに至ったわけである。ギアニー老人のもとを訪ねる予定ではあった。が、それはライザあってのことだ。付属品のような自分が何食わぬ顔で訪れるのは妙なことでしかないだろう。否、妙だと思われるくらいはかまわないのだが、現状、くだんの老人にそこまで興味があるのかというと、ほんとうに、じつのところ、リアルにそうでもないのだ。ここにはもう用はないな。この街についてそんなふうに考えるのが、正直なところなのである。それでも一日居座ったのは、業者に出した洗濯物が返ってくるのを待つためだった。裏を返せば理由はそれしかなかったのだが、ともあれ出発の朝を迎えた段になって、ヒトが訪ねてきた。ひどく額が後退したグロースという中年男性だった。グロース。ライザの上司だ。「タロン・タイムズ」なる新聞社の編集長である。どういった人物かはわからない。話しているうちにわかるだろうと考えた。


 デモンは宿の一室に彼を招き入れ、ロッキングチェアに優雅に腰掛けると、まず「よくここがわかったな」と感心の言葉を述べた。客のグロースはどことなく困ったように弱ったように、あるいはごまかすようにして、にかっと笑みを浮かべた。「頭の先から足の爪先まで黒ずくめの美人すぎる美人。そんなよそ者なんてそうはいないし、だったらそれだけの情報で十分だ、ってね」と悪戯っぽく言った。案外、良く通る声をしていた。裏を返せば特徴などその程度のものだ。太っちょなのはポイントが低い。ニンゲン、往々にしてそう言える。


「ライザは残念だったな、とでも、のたまっておこうか」

「ああ、ほんとうに残念だった。そうとしか言いようがない」

「腐っていようが腐っていまいが、なにせブン屋の編集長だ。じつのところ、見当くらいはついているんじゃないのか?」


 綿のようにふわふわとした薄い茶髪が浮かんでいるだけの頭部を右手でつるりと撫でると、グロースはがっくりと肩を落としたのである。


「そのへん、話がしたくて来たんだ。デモンさん、あんたはどう思う?」

「そうだな。一般的な視点で観察した場合、恋愛感情のもつれなどなどがあり、おまえさん自身が殺害したという線が浮かび上がる。どうだ? 違うかね?」

「俺とライザは親子ほども違うんだ」

「年はさほど重要な要素ではないな」

「でも、違う」ますます落ち込んだ様子の、グロース。「冗談だとしてもやめてほしい。ほんとうに、俺は娘を亡くしたくらいに落ち込んでいるんだよ……」

「血圧は?」

「上がった。いっとう、頭にきてる。どこからどう見たって他殺体だって話だからな」


 新聞から得られた情報以上でも以下でもないな――そんなふうに思いつつ、デモンは「身体が二つに分かれていたらしいな。頭のてっぺんから股間まで真っ二つだ」と言った。「詳しいところを知りたい。実際問題、つまるところは刃物かね?」と訊いた。


「真っ二つは真っ二つなんだが、いくらなんでも真っ二つがすぎるらしい」

「と、いうと?」

「びっくりするくらい、切り口が綺麗すぎるらしい。通常の刃物ではまずあり得ないと、警察も頭を悩ませてる。困り顔をしているとも言うな」

「ヤバい手合いかもしれないと?」

「そういうことだろう」

「となると――」

「あんたが考えているとおりさ、デモンさん。魔法じゃないか、ってよ」


 魔法、現象から見て、斬撃を伴う魔法。やろうと思ってできるニンゲンはいるかもしれないが、にしたって、「真っ二つがすぎる」くらいの切れ味を表現することは可能だろうか。少々疑問だがしかし、その線を早々に切り捨てることは、やはりできない。むしろ色濃いと見るほうが自然だろう。現状、そうとしか考えられない。えらく魔法が達者な奴がいる。そういうことだ。


「最近、ライザにおかしなところは? ギアニー・ヴァロ氏と接触したこと以外は特段、何もなかったのかと訊いている」

「なかったし、ないなぁ」クローズは目を上にやり、言う。「だからまあ、俺としては、奴さんに疑念の目を向けるしかないわけで」

「だったらなおのこと、わたしはギアニーに、も一度会ってもいいのかもしれないな」デモンは顎に右手をやって刹那の思案――。「本件への興味が確かとは言えんが、やはり暇潰しは尊い、か……」

「暇潰しだってなんだっていい。なんとかして事を動かせないかと思って、俺はあんたを訪ねて……いや、頼ったんだ」


 デモンは腕を組み、ふぅと息をついた。


「ギアニーの黒い噂、その詳しいところについては、わたしはまだ知らんのだよ」

「あんた自身で訊いたほうが早いし、確実なんじゃないか?」

「まったくもって、ああ、そのとおりだ」デモンは深く頷いた。「いきなり顔を寄越して会ってもらえるだろうか」

「言ったぜ? あんたは美人だ、しかもとびきりの」

「向こうさんが野郎である以上、理由としては、まあ、確実か」

「頼むよ。何かわかったら教えてくれ。そうしてもらえると、ほんとうに助かるんだ」


 切実そうにそう言うあたり、グロースはほんとうにライザの死を不憫に思っているのだろう。


 やむを得んな。

 デモン・イーブルは渋々ながらも、そう思ったとか思わなかったとか――。


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