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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
30.ゴーレムに係る案件――。
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30-2.

*****


 リロイ・エッケナーの事務所において、丸テーブルを挟んで向き合いながら――。


「暗にではありますけれど、僕は彼を殺せと言ったつもりです」

「抜かせ、暗にでもなんでもない、はっきりその旨、依頼されたさ」

「だったらどうして――」


 右手の人差し指をピッと立て、「一つ、いろんな意味で報酬に見合わんと踏んだ」と主張したデモン、次にあわせて中指も立てて、「二つ、そもそも興味を失った」と打ち明けた。


「それはなんというか、手厳しいなぁ」リロイのそれは苦笑だろう。「だったら、僕はどうしたらいいんですか?」

「そんなの自分で考えろと吐いて捨てたいところだが、あいにくとわたしは優しい。プランの提案くらいはしてやろう」

「お願いします」


 デモン・イーブルは自身の巨大な乳房を持ち上げるようにして腕を組み、ふんぞり返った。


「そもだ、リロイ、おまえの求める自由とは何かね?」

「ですからそれは――」

「ああ、そうだ。ゴーレムが大手を振って生きられる世界の構築だろう?」

「大手うんぬんとまでは言いませんが」


 隠すことはない。

 デモンはそんなふうに言って――。


「じゃあ打ち明けますが、ゴーレムのどこが悪いんでしょうか」

「既得権益が奪われるとの意識が強いのではないかね。あとは『泥人形で気色が悪い』ということに終始する」

「二つ目はヒドいですね。僕たちが何かしましたか?」

「犯罪については犯している」

「でも、彼らニンゲンと比べて著しくパーセンテージが高いわけではないでしょう?」

「それはそうだ。ゴーレムだから目立つし、蔑まれるんだ」


 リロイは紅茶を小さく口に含むと小さく喉を鳴らした。

 つくづく女性的な首である、薄皮のような肉を削ぎ落してやりたいとの感情に駆られるというものだ。


「少し話を変えてもいいでしょうか?」

「言ってみるといい」

「あなたがしきりに口にされるとおり、ゴーレムはゴーレムの国に引っ込んだほうがいいのかもしれません」

「だろう? 潔くあれば、あるいは観光地化にだって成功するかもしれないぞ?」

「えっと、それは僕たち自身を見世物にしろ、と?」

「いけないかね?」

「いえ、考え方次第でしょう」


 まったく、リロイは正直だし頭がいい。


「そうですね。いっそ、テーマパークでも作ってしまいましょうか」クスクス笑う、リロイ。

「そこまで自虐的になれるといっそ気持ちが良いものだ」デモンは深く頷いた。


 一転、苦笑のような表情を浮かべたリロイは、「誰にも、何にも負けない意志があればいいんですけれど」と悲しげに言った。「それってなかなか難しいですよね」というセリフは苦みに満ちていた。デモンはなおもふんぞり返ったまま目を宙にやり、「意固地なのは良くない。空気が読めないことと、あるいは同義だからな。相手を理解する脳みそがあってこそそこには柔軟性が生まれ、果てはその人物を制するに至る。ああ、そういうことができるヒトこそ尊いぞ」と言ってのけたのである。


「そんなニンゲン、この世の中にいるのかな……」

「いるぞ? わたしが知る限り二人いる。一人は国連の職員で、もう一人はとある組織の御大将だ。いずれもトンデモな人物だよ」

「国連の職員? トンデモ、ニンゲン?」

「そうだ。共通しているのは男だという点だ。詳細は端折りたいな。話すと長くなるからな」


 あなたに認められているのだとすれば――。そう前置きをしたうえで、リロイは「大した人格なんでしょうね」と認めるようなことを口にした。このあたりは買うに値する。素直さは美徳だ。なかなか持ちえない素養である。


「で、だ」デモンは話を変える。「リロイ、おまえはいったい右なのか左なのか、つまるところはどうなんだ?」

「そういった概念とは無縁でありたいんです。都合が良さそうであれば、どちらと言わず、組みたいですからね」

「具体的には、これからどうするんだ?」

「あなたがもう少し、この街にとどまられるようであれば、成果をご覧に入れることはできます」

「まどろっこしいな。その内容を述べろと言っている」

「秘密です。この行動についてだけは、情報が漏れると冴えない結果になってしまいますから」

「冴えない結果?」


 ええ、そうです。

 まっすぐな目をして、そんなふうにリロイは答え。


「幸い、急ぎの用事はないんだよ」

「とどまられるのですね?」

「ああ、おまえの行動、生き様ともいうのか? そのへん、見届けてやろう」

「結果を見た場合、あまりいい気持ちはしないと思います」

「そんな言い方をされたら、よけいに興味が湧いてしまう」


 事実だった。



*****


 どうにも身体がダルいので二日ほどを宿で寝たきりで過ごした。若い身空の女が何を無駄に時間を費やしているのかという話だが、動きたくないのだから動かない。にしてもオミの奴はどうした? 例によってメスのカラスでもひっかけているのだろうか。それはそれでかまわないが、少しくらい顔を出したっていいではないか――とは思わない。クソガラスの動向に興味などない。「できちゃった婚」でもなんでもアリだ。


 壁際に寝返りを打ったところで窓をコツコツと叩く音というよりつつく音だ。ああ、なんだ、お帰りか。「よっこらせ」とデモンはベッドからおりるとそちらへ近づいた。上部に持ち上げるかっこうで窓を開けた。「おはようなんだ」とご機嫌そうなカラス野郎。翼に水滴が乗っている。行水でもしてきたのだろう。


「調子が悪いのかい?」

「どうして、そう?」

「寝たきりだからさ」

「ヒトを貴腐ワインみたいに軽んじるな。メシか? 必要なら食堂に出向いてラードでももらってこい」

「カラスがしゃべるとびっくりするに違いないんだ」

「ああ、わざと無理を強いしてみた」

「わぁ、ひどいんだ、ひどいんだ」


 テーブルに近づき、ガラスポットからグラスへと水をそそいだ、一息に飲む。生き返ったような爽快感。しかし、だったら今まで死んでいたと言うことになるのだろうか――細かいことはどうだっていい。


 ばさばさと少々飛び、オミがテーブルに着地した。


「またナンパだろうと考えていた」

「ナンパはひどいんだ。健全かつ純粋なコミュニケーションなんだ」

「さて、どうだかな」

「昨日、見覚えのある人物を見たんだ」

「ほぅ、誰なんだ?」


 オミは宙を視線でなぞってから、「短い金髪で著しく目つきが悪い。あれは間違いなく、国連所属のエスプレッソ氏なんだ」――。


 国連?

 エスプレッソ?


 それは興味深い。

 なぜなら彼はデモンが買っている数少ない男のうちの一人だからである。


「茶色いジャケットを着込んでいたんだ。牛革かなぁ」

「ファッションはどうだっていい。間違いないのか?」

「うん。彼は目立つからね」

「供のニンゲンは?」

「ラテ嬢のことだね。うん。並んで歩いていたよ」


 自分に用事だろうか――とデモンは考える。彼女の悪事を嗅ぎつけ、しょっぴきたいようなことをのたまっていたからだ。彼らが凄腕であることは確かであり、ゆえにあらためて追いかけてきたと考えられなくもない。


「でも、二人はそのうち別れたんだ。手分けして誰かを探そうとしたんだと思うんだ。そして、その誰かは誰かというと――」

「あるいはわたしかもしれないということだな?」

「うん。そう思ったから、こっそりラテにこの宿を教えてあげたんだ」


 いろいろとツッコミを入れたいところはあるが――この馬鹿ガラスはヒトのプライバシーをなんだと考えているんだと罵りたくもなるが――起きてしまったことは割り切らなければいけない。


「ラテは喜んでいたんだ。ぼくは慧眼の持ち主なんだ」

「それはわかった。もはや怒ろうとも思わん。しかし、まだ姿を現さないな」

「気を遣ってくれてるんじゃないかな」

「なんにせよ、じきに――」


 そこまで言ったところで部屋の戸がけっこう静かに叩かれた。その丁寧さからノックの主は粗野なエスプレッソではないことが知れた。


「ぼくが出ようか?」

「ああ、そうしてくれ」


 デモンは白い寝間着の前をかきあわせながら丸椅子に座る。

 オミはテーブルから下りるととことこ歩き、戸の前で、幾分大きな声で「入っていいよ」と言ったのだった。



*****


 丸テーブルを挟むようなかっこうで丸椅子は二つしかなく、だからまだそばかすが消えないラテ嬢はベッドの端に腰掛けている。


「水くらい寄越せよ、クソ女ぁ」相変わらず口の悪い、エスプレッソ。

「断る。これはわたしの水だ」とガラスポットからグラスへと水をやる。


 ラテはというと、自らの膝の上から見上げてくるオミの奴となにやら談笑している。カラスがおしゃべりすることについて抵抗がないらしい。不思議な性質である。


「で、エスプレッソ殿はわたしに何用かね?」

「このド忙しい俺がいつでもテメーみたいのにかまってやると思い上がってんじゃねーぞ」


 などと憎たらしい口を利いてくれたのだが――。


「だったらどうして訪ねてきたのかね?」

「今言ったのは半分はホントで半分はウソだってこった」

「わたしを追っているんだろう?」

「そうだが、今回は別件だ」

「別件?」オウム返しのデモン。「別件とはなんだ?」


 テメーに教えてやる義理はねーよ。

 やっぱり態度の悪いエスプレッソである。


「でも、まあいい。優しい俺は教えてやる」


 雰囲気としてはとげとげしいかぎりだが話している内容は砕けたものと言える。


「教えてもらおうじゃあないか」

「だからそうだって言ってんだよ」憎まれ口を叩くように言ってくれる。「前情報として話してやる。俺の役職は国連の『西方担当』だ。ざっくり言っちまうと、世界を真っ二つに割って、その西側が仕事場だってこった」


 まあ確かに、ここは世界を俯瞰すれば西にあたる。


「結論から言ってやる。知ってりゃ幸いだし、知ってなくたって俺としてはなんの問題もねー」


 エスプレッソは「シリウス・ワーツって野郎を追ってる。まだぜんぜん若い男だ」と教えてくれた。


「知らねーか?」

「聞いたこともないな」

「この国ではリロイ・エッケナーって名乗ってるらしいぜ」

「それを早く言え」

「知ってるんだな?」

「偶然の産物的な知識でしかないがな」


 奴さんが何をした?

 デモンはそう訊いた。


「奴さんはゴーレムだ。そして、出身は『ゴーレムの国』だ」


 おや? とデモンは目を丸くした。

 そんなことは話していなかったように思う。

 むしろ訪れたことがないとすら言っていたように記憶している。


「エスプレッソよ、おまえが追いかけているということは、リロイは犯罪者なんだな?」

「ああ、そうだ」

「いったい、何をしたんだ?」

「地元で女子高生ばかりを七人殺した――っつー容疑だ。全部、扼殺だったってな」

「容疑? それじゃあ――」

「ああ、裁判の結果、シロになった。目撃情報はあったらしいんだが、そいつが機能しなかったんだから、実際のところはわからねーよ」


 疑わしきは罰せずの精神だ。

 「ゴーレムの国」はきちんとした法治国家らしい。


「で、だったらどうだというんだ? 無罪放免、もはやどこにでもいる市民なんだろう?」

「俺はそうじゃねーって思ってんだよ」

「その理由、根拠は?」

「七人も殺した野郎をまだしょっぴくことができてねー。だったら」

「リロイが最重要参考人であることに変わりはないと? 今一度、尋問してやりたいと?」

「そういうこった」


 デモンは話を進めるべく、「リロイ――シリウス・ワーツがここにいるという情報はどこで得たんだ?」と訊いた。すると、「この国のお偉いさんからのタレコミだ。ここは一応、国連の加盟国でな」との答えがあった。


「お偉いさんにとって、シリウスの何が問題だと? 邪魔でなければおまえら組織に訴える必要はないだろう?」

「こないだの選挙、参院選だ、シリウスの党はけっこう善戦したらしいな」

「それが悪い?」

「政敵として見過ごせなくなってきたってんだろうさ」


 お偉いさん、なんとも肝っ玉の小さいことである。


「シリウスの経歴を知っているということは」

「それだけの情報を集められるニンゲンだってこったよ」

「まあ、そうなるな」デモンは目線を下にやってから、エスプレッソに瞳を向けた。「生け捕りにしようと?」

「そうすることが望ましいに決まってんだろうが」苛立たしげにエスプレッソは舌打ちした。「だが、俺が嫌疑を話したうえで突っかかってくるようなら」

「殺すのもやぶさかでない?」

「俺のルールは『疑わしきは罰する』なんだよ」


 つくづく乱暴な人治野郎である。


「で、だ、エスプレッソ殿、今さらではあるが、そんな話をわたしにするなんて、どういう了見だ? まさか道案内をしろというわけではあるまい?」

「俺が言いたいのは、俺はおまえをいつだって付け回してるってことだ」

「気色の悪いことだ」

「黙れ。そのうちとっつかまえるかぶち殺すかしてやるからな」


 エスプレッソは立ち上がる。力強い歩様で進むと、戸を開け、出ていった。ラテも腰を上げた。「デモンさん」と呼びかけてきた。「あなたは間違いなく悪人ですから、エスプレッソさんが言ったとおり、いつかしょっぴいてやるのです」と続けた。


「楽しみにしているよ」


 デモンがそのように応えると、ラテは静かに部屋を後にした。


 テーブルの上に飛び乗ると、見上げてきたオミである。


「宣戦布告みたいだったね。さて、これからどうしようか。早々に街を出るかい? それともそれは逃げを打つようで嫌かい?」


 顎に右手をやり、考え込むデモン。

 やがて、一つの答えに行き着いた。


「オミ、奴らをつけるぞ」

「どうしてだい?」

「面白そうになる予感があるからだ」

「ぼくもそんなふうな気がするけど、いっぽうで無駄骨に終わるようにも思えるなぁ」

「わたしは準備をする。おまえは先に追え」

「お給金は?」

「いい肉を食わせてやるぞ、牛肉だ」


 オミは「やったーっ」と声を発すると、あっという間に窓から外に向かって飛んでいった。



*****


 デモンは宿から出て灰色にくすんだ石畳の上をゆく。空を見上げながら進むわけだが、オミの姿はいっこうに見えない。とはいえ、エスプレッソらの行き先はわからなくもない。いったん宿に戻ったか、そうでなければ――。


 そのうち、オミの奴がデモンの左肩に舞い下りたのだった。


「リロイの――シリウスの事務所なんだ。エスプレッソはわかりやすいなぁ。問い詰めに行ったんだろうね。逃げおおせるかな?」

「わからん。奴さんらの力量による」


 シリウスは何か「しでかす」ようなことをのたまっていた。

 それを成すまで、そう簡単に捕まる気はないのではないか。


「どうする?」

「どうもせん。まずは事象を観察する」

「慎重なんだ」

「抜かせ。わたしはいつだって慎重だ」



*****


 そのうちシリウスの事務所が見えてきた。相変わらず、土を塗り固めたような黄色い建物――いかにも粗末である。邪魔にすら映るくらいだ。景観を壊しているとまでは言わないが、無様な感は否めない。


 デモンは建物から少し離れた位置に陣取った。腕を組み、ときどき目を細くし、現場を観察しつづける。エスプレッソとラテが入っていってからはずいぶんと時間が経ったはずだが。至極健全で幾分真面目な質疑応答が行われているのだろうか、それとも乱暴な詰問が続いているのだろうか。


 それからすぐのことだ。正面の窓をぶち破って渦巻く炎が飛んできた。真正面のド正面から飛んできた。突っ立ったまま抜刀、デモンは炎をカタナで上下真っ二つに斬ってやりすごした。左肩の上のオミが「びっくりなんだ」と言った。あまりびっくりはしていないような口振りだった。


「狙って打ってきたのかな」

「違うだろう。たまたま窓を突き破ってきた。そういうことだ」

「だったら」

「だな。建物の中で戦闘が起きている」

「小さな事務所なんだ」

「承知している。だから……ああ、ほら、出てきたぞ」


 にしたって、建物の壁を派手に割って出現したものだからそれなりに驚いた。エスプレッソがびゅんと飛び上がり、彼に対して右手を向け、炎の塊を放ちつづけるのはシリウス。シリウスは左手でラテの首根っこを掴み、彼女を引きずり歩いている。エスプレッソは短絡的でわかりやすいニンゲンだから逃げを打ちたいところだろう。宙を蹴り、シリウスに接近を試みるのは部下を捨て置けないからに違いない。じつは彼にとって彼女はかわいらしく映っているのではないか。


「手を貸そうかぁ、エスプレッソ殿!!」デモンは上空に向け、声を張り上げた。

「要らねーよ、すっこんでろ、馬鹿女がっ!!」


 まったくひどい言われようである。


 歩み、近づいてくるのはリロイことやっぱりシリウス。

 自らへの攻撃の意志はないものと判断し、だからデモンもとりあえずは何もしない。


 シリウスは投げ捨てるようにしてラテを転がした。すぐそこに放り捨てたのだ。見たところ外傷はない。うまいこと気絶させられたというだけだろう。エスプレッソは動かない。魔法くらいはなてばいいのに――たぶん、万一にも部下を巻き込んではいけないと考えているのだろう。上司らしい発想だ。その美しさには吐き気を覚える。


 またお会いできれば幸いです。


 そんなふうに言って、シリウスは去りゆく。デモンが一つ瞬きをするごとに、彼は五メートルずつくらい向こうに進んだ。その調子で路地のほうへと、あっという間に姿を消したのだった。


 ほうっておくのもなんだろう、デモンは近づき片膝をつき、ラテの首筋に右手を当て脈を確認した。ぜんぜん元気だ、血のめぐりはぜんぜん活発、ゆえにぜんぜん生きているのだと断言できる。


 エスプレッソの奴がおりてきた。「うまくできなかったようだな」と伝えた。


「うるせーよ、クソ女。俺だけならうまくやれたんだよ」


 デモンは顔を皮肉に歪め、「おやおや、クソ上司だと自ら認めるのかね?」とからかってやった。エスプレッソは苦々しげに頬を引きつらせ、「……くそっ」と吐き捨てると膝を折ってラテの寝顔を見つめた。


「どうやら強いらしい。舐めてた俺が悪いんだよ」


 デモンは「自覚できるのであれば救いの余地はある」と言い、「奴とは何を話した?」と訊ねた。


「さあな。とっつかまえてやるっつったら抵抗された――ってことでしかねーよ」

「奴が何か話したかと訊いたんだ」

「何も。……ただ」

「ただ?」

「この国に暗い影を落としてやると笑いやがったよ」


 暗い影、か。

 なんとも仰々しいかぎり、だな。



*****


 総理大臣が何者かに殺害されたとの旨を、デモンは翌日の号外で知った。その日の夜にシリウスが宿を訊ねてきて、彼からそれは自らの仕業と聞かされた。当然、「逃げなくていいのかね?」と訊ねた次第だ。


「ハハハッ、いまさらなにを!」


 丸テーブルの向こうで――シリウス・ワーツが――振り下ろすようにしてデモンの右手を向けたのである。シリウスの炎にデモンの防壁、それが接触した瞬間、油が爆ぜるような音がして、シリウスはもちろん、デモンもずいぶんと弾き飛ばされた、背で宿の木造りの壁を突き破ったくらいだ――が、ダメージは皆無、態勢を縦に保ちつつ、左手でくいとネクタイのズレを正した。己でもそれとわかる冷徹な目で敵を見つめる。


「ポピュリズムがナシとは謳わん」

「でしたら僕のために死んでいただけませんか?」

「断る」


 頭をとられているので癪ではあるが、現象として、敵は今、頭上にある。


「強いモノを捻じ伏せることでしか得られない自信というものがあります」

「わたしを仕留めることができれば、それは前進の燃料になると?」

「いけませんか?」


 そうは言わん。

 ――が、死ね。


 デモンは「上空の彼」に右手の人差し指と中指を向けた。途端、縦横無尽にズタズタに切り裂かれるはずだったのだが勘がいい、シリウスが真上に跳ねたことにより「不可視の局所的斬撃」は空振りに終わった。


 デモンっ!!

 ――と彼女の名を呼ぶデカい声がした。


 面倒なことだと感じながら振り返る。

 視線の先――当然のように宙に突っ立っていたのは、「くだんの男」だ。


「おやおやおやエスプレッソ殿、一度敗れたおまえが何用だ?」

「敗れてねーよ」

「国連的な職務か?」

「ちげーよ。個人的な怨恨だ」


 エスプレッソが宙を蹴り、一息で迫る。シリウスはその馬鹿正直な右の拳を広げた左手で受け止める。空中で肉弾戦をやるのは足場とかバランスとかの兼ね合いからなかなかに難しいのだが奴さんらはうまいことやる。というか、魔法が達者な二人があえて両手両足のみの物理で戦う様子はなかなかサマになる。戦況を窺うに、どちらが勝ってもおかしくないように映る。負けに至る道筋だけははっきりと見える、いつだって。意地を失くしたほうが朽ちるのだ。


 最後のぶつかり合いだろう、そんな気配があり、やはり上からのシリウス、やはり下からのエスプレッソ、たがいが宙で接触し、当たり負けを喫したシリウスのもはや死体が呆気のない調子で地へと落下してゆく、「なんだなんだ?!」とでも言わんばかりに観戦を強いられていた人込みのなかへと落ちてゆく。勝利者たるエスプレッソの身体もまた地を――重力を求めた。


 いい戦闘だった。

 悪手という悪手は、どちらにもなかったのだから。



*****


 翌日の午前中、宿を訪ねてきたのは金髪をショートボブに整えたラテだった。


 デモンはというと丸テーブルを挟んだ、背もたれ付きの椅子の上。


「昨日の今日で切ったのかね?」

「朝一で切ってきたのです」

「なぜ?」

「血でべとべと、うっとうしかったからです」


 なるほど。

 気持ちのいい女らしい。


「新聞はご覧になりましたか?」

「ああ。相棒に号外を拾ってこさせた」

「相棒?」


 デモンが顎をしゃくってやると、出窓の手前に佇んでいたオミが気分良さげに「カァ」と鳴いた。


「イケメンのカラスさんだからまあよいのです」などとラテは言い。「端折り端折りで話すのです。この国は総理大臣を失いました」

「そうだな。そして、総理大臣を殺した男も失った」

「私の上司は英雄なのです。ヒーローなのです」

「だったらその手柄を手に国連など華々しく辞めてしまえばどうかね」

「私もそうご提案したのですよ」

「そしたら?」

「『黙れ』と」


 愉快な答えであるがゆえについ「あははっ!!」と気持ち良く笑ってしまった。


「笑い事ではないのですよぅ」まるで泣き言でも言うようにラテ――。「ときどきついていけないなって思うことがあって、そのたび不安なのです。立派な上司には違いないのですけれど、なにせ無鉄砲すぎて」

「今回の場合、その無鉄砲さには強い怒りが伴った」


 静かだがたしかにそう告げてやったところ、ラテは落胆するように深い吐息をついて。


「思い合うのは怖いのです。たとえそれが中途半端な相思相愛であっても」

「中途半端だからこそ恐ろしいんだよ。ふれあいかたがわからないんだ」


 ラテは「そのとおりなのです」と言い、笑んだ。

 いっとうよくできの潔い微笑みだった。


「で、お二人はまだわたしを追ってくるのかね?」

「世界にとって、あなたほどの脅威はありませんからね。そうである以上、エスプレッソさんは鬼ごっこの鬼をやるのですよ」

「ならば、わたしは逃げるとしよう」


 ラテがすっくと椅子から腰を上げた。なんのつもりか九十度のお辞儀をするとその姿勢のまま受け皿のように添え合った手を伸ばしてきたのである。たぶんそうしてほしいのだろうと思い、デモンは両手を両手で包み込んでやった。


「ありがとうございました。ぜったい、あなたのおかげです」

「なんの話だ?」

「わかってるくせに」


 ラテが手を引きつつ後方に飛びのいた。


 満面の笑顔、笑顔、笑顔。


 なんのつもりか、両腕を使って胸の前で十字を作り、「じゅわっち」などと口にした。


 交差された腕からなにか白い光線みたいなモノが出てくるのかと思い、デモンは思わず身構えた。


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