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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
3.ナイツ・オブ・ザ・ホーリーソード
16/147

3-4.

*****


 目覚めたということは、朝なのだろう。宿なのだろう。上半身を起こし、両手をうんと突き上げるとあくびが出た。ベッドから下り、クリーム色のカーテンを左右に開ける。窓から差し込む光にびっくりしたようで、「眩しいんだっ」と声を発したのは、鏡台の上でタオルを寝床に眠っていたオミである。左の翼を使って顔を隠し、やめてくれーっとでも言わんばかりに「カァカァ」鳴く。知ったことかと思う。丸テーブルの上のポットからグラスへと水を注ぎ、こくりと喉を鳴らしてから、ふぅと吐息をついた。やはり朝だ。身体はだるくとも脳が「そろそろ覚醒せよ」と脅迫してくる。もう一度伸びをすると、やはりまたあくびが出た。


 オミがぴょんと立ち上がった。


「昨日もスザンナと一緒だったんだ。一日中、一緒だったんだ」


 誰も訊ねていないのに。

 ご機嫌なカラスはかくも気色の悪いものなのか。


「スザンナが言っていたんだ。デモンは有名人だから、みんなが会いたがっているって」

「レジスタンスの連中か?」

「そう。『野薔薇』の構成員たちなんだ」

「奴さんらは何を狙っている? 独裁政権の転覆以外に、何かあるのか?」

「そのへんは直接訊いたほうが早いと思うんだ。彼らは逃げも隠れもしないんだ」

「そのようなことをのたまっていては、そのうちしょっぴかれるだろうな」

「一度、会ってみるんだ」

「だから、そう答えたつもりだと言っている」デモンはロッキングチェアに勢い良く座った。「誰が何がどう転ぼうか知ったことか――とも述べたつもりだ」

「内緒で会うんだ。こっそり会うんだ」あたりまえのことを、オミは言う。「あたりまえのことではあるけれど、ごたごたはよくないんだ」


 なんとも場当たり的なことばかりをほざくカラスである。


「にしても、野薔薇とは。ずいぶんと気取った名を付けたものだな」

「ぼくはカッコいい名前だと思うんだ」オミは翼を広げて喜ぶように「カァ」と泣いた。「きみにとってはつくづく朗報だと思うんだ。きみは日頃から常に暇を持て余しているからね」

「働かざる者、なんとやら、か?」

「それは下品な格言だから好きではないんだ」


 しょうもないところで正論を吐くカラスである。


 楽しくなるといいね。

 不謹慎なそのセリフを素晴らしいと感じ、だからデモンは拍手を惜しまなかった。



*****


 デモンはケンと一緒に約束の時間の十分前に首相官邸を訪れ――。ナナセも含めた三名にて表で待っていたところ、馬車から降りてきたのはほんとうにユージン国王だった。ナナセと握手し、ケンともそうして――。小柄なユージンはデモンの右手を両手で握ると彼女を見上げ、「はじめまして。ユージンといいます」とわかりきっていることをほざいた。羨望の――否、憧憬の眼差しであるように映る。ユージンがコホコホと咳込んだのを見て、その印象は間違いでないのだろうと悟った。すこぶる健やかですこぶる強いニンゲンに理想を覚えるのだろう。この御仁は否応なしに病弱なのだ。紫色の唇がいかにも不健康そうである。


「外気はお身体に障るのでは?」デモンの敬語は珍しい。

「そのようです」ユージンが浮かべたのは苦笑でしかないだろう。


 官邸内で話すことに――。


 移動を開始しようとしたところで、警護のニンゲン――ゴツい男らに順繰りに睨みつけられた。この国のニンゲンでもない、忠誠を誓ったわけでもない、そんな女のことが不審に思えてしょうがないのだろう――だからといってなんだという話なのだが。


 行きましょう。

 にこやかにそう言ったユージンと並んで、官邸に入った。



*****


 質素さがむしろいやらしく感じられる客間にての一対一。ユージンは一人掛けに座り、デモンは向かいの二人掛けの真ん中。ケンはデモンの背後に立っていて、ナナセに至っては席を外してしまった。彼女にとっては特に重要なイベントでもないということなのだろう。


「ほんとうに会いたかったんです、ミス・イーブル」

「陛下、デモンでかまいませんよ」デモンは口元をゆるめてやった。「なお、わたしの言動が多少無礼に映ってもお許しください。そも、敬意を払うこと自体がす苦手で、また好きでもありませんので」

「わかりました。デモン、そう呼ばせてもらいます」ユージンは照れ臭そうに右手で頭を掻いた。「まずは御礼を言わせてください。先の戦の件、ご苦労でした」

「労いの言葉をたまわるほどのことではありません。嬲っただけでございますから」


 暗い顔をして、ややあってから、ユージンは「そうですか……」と呟くように小さく言った。


「一方的という言葉は恐ろしい。デモンさんもそうは思いませんか?」

「奪い合いこそが現実です。そうあることこそ、まったくもってニンゲンらしい」


 ユージンが困ったように眉尻を下げた。それから何の前触れもなく「デモン、あなたはずっと、この国、ディパンにいてくれるだろうか?」と訊ねてきた。


 いつもなら率直に怪訝な顔を作ってやるところだが、言ってみればビジネスモードのデモンは余裕綽々に「給与の折り合えさえつけば、あるいは」と大人の返答を寄越した。


 ユージンはぱぁっと明るい顔をして――。


「ならば、ナナセ首相に私から話しましょう」

「陛下、それは権力の濫用が過ぎるのでは?」

「たったの一つくらいわがままを言ったっていいだろうと思います」ユージンは朗らかに笑った。「ところでデモンさん、手が空いているようであれば剣の相手をしてもらえないでしょうか。誰より達者とされる腕前を拝見したいんです」


 快諾次第だが、王が剣を取らなければならないとなった時点で、その国はもう終わっているだろう。ディパンはそうなりませんように――などと祈ってはやらない。


 そろそろ退屈になってきたので、デモンは不躾なことにいきなり席を立った。「おい」と注意をくれたのはケンである。そんな彼を「かまいません」と制した上で、ユージンも立ち上がった。


「デモンさん、もう一度、握手をしてもらってもよろしいでしょうか?」


 それくらいなら断る理由もないなと思い、デモンは応じた。


「ほんとうに大きく、また美しい手です。きっと何をも成せる手なのでしょうね」


 そのとおりでしかないのだ。


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