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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
29.ヴィラン兄弟の凶暴アンソロジー
158/160

29-4.

*****


 翌朝――まだ浅い時間の涼しい空気の中――騙された。誰にってイクミ・ガラハウに。「向こうとは待ち合わせているから現地で落ち合おう」などとほざいていたのだが、いざ現場を訪れてみると、奴さんの姿はなかったのだ。相手は――ヴィラン・ユウジは約束を守ったらしく、多くの子分を従え、デモンの三十メートルほど先に陣取っている。ああ、イクミはほんとうに詐欺を働いてくれたんだなと悟り直すと同時に、それも悪くないか妙手かと割り切りもした。


 群れの先頭のユウジはどことなく得意げな表情を浮かべている。野蛮で粗暴でしかなかったタケシとは一線を画す、品みたなものはあるのだ。しかし伝え聞いた話から評価すると、とんでもないロクデナシであるわけだ。どんな処罰をくれてやるにも迷いなど生じない。


 ユウジは黒いコートを羽織っているのだが、それを脱いで後ろに放り投げると、一気に駆け、迫ってきた。おやおや、まうは従者にソッコーで決死の特攻を指示するべきではないのか? ――と考え、舐めているのか? ――とも思った。が、そうではなく、ユウジは力量に自信があるのだろう。だから単独なのだ、一人で襲いかかってくるのだ。


 デモンは右手の人差し指と中指をユウジに向ける。見えない斬撃であるはずなのだが、ユウジは残像を伴うほどのスピードで左右にステップを切り、かわしてみせた。おっと、やるではないか。デモンの表情は歓喜に歪む。彼が振り下ろしてきた力強いチョップは鋭い刃物の切れ味を誇ることだろう。だから素早く抜刀、事実、衝突音は金属同士の「ギィンッ!」と鈍いものだった。


「デモンさんよぉぉっ、おまえは鋼を斬れるのかあぁっ!!」


 そうか、硬度としては鋼のそれなのか。デモンの「一振り」も大したものに違いはないが、万一、折れるようなことになれば泣きたくなる。――嘘だ。刃物なんて振って斬れればそれでいい。


 デモンは跳ね、十メートルほど退くと、ぐっと腰を下ろし、右手で柄を握った居合の構え。危険は察したはずなのだが、ユウジはむしろ突っ込んできた。デモンは「来い来い」と顎をしゃくる。不可視の斬撃を見舞ってやる。迷いなくド正面から突っかかってくるものだから当たらない、一手遅れる、切り刻めない。とんだ戦狂いだ。今度はデモン、上空に身を転じた。逃げを打つつもりは微塵もない――が、ユウジはチャンスと睨んだらしい。地を蹴り、跳ねた。一気呵成はいいことだ。きちんと空で行動できればという但書はつくが――。戦闘の経験値で言えば同等ではないか。誰に対しても遅れはとらないだろう。ユウジは無言で拳を振るう。武器を持たないのはそのほうが戦いやすく、また威力があるからだろう。デモンはぴょんぴょん宙にて退きながら、都度都度、斬撃の魔法を小刻みにはなつ。どれも命中しないものだから俄然楽しくなってくる。


「わたしの眼前にまで至ることができれば抱き締めてやろう」


 なかば嘯きながらさらに高度を上げる。宙を蹴り、なおも突っかかってくる。最近にあっては興味深い部類に入る個体だ。


 ――が、惜しかったな。

 うん、そうだ、つくづく相手が悪かった。


 デモンもまた宙を蹴り、彼女の場合は急降下。すでに右手はカタナの柄を握っていていつでも抜刀できる。接近の最中、ユウジが目を見開いたのがわかった。臆した目ではない。ただただ、驚きの瞳だった。すれ違いざまに首を刎ね、静止したところで鞘におさめた。


 幾分だが楽しめたよ。

 デモンは落ち行く死体を見送りつつ、そうつぶやいた。



*****


 どういう了見かはわからないが、あるいは自らを死地へと誘ってくれたに違いないので、一言文句が言いたくて、イクミの寝床を訪ねた。当然のごとくもぬけの殻で、宿の主人も「朝早くにチェックアウトされました」と答えるばかりだった。やってくれたなと感じた。愛の言葉を謳っているようでありながら、実際はおちょくってやりたいだけだったのだろう。まったく始末が悪い。タチが悪いとも言える。


 おや? と気づいた。部屋の真ん中にある小さな丸テーブルの上に白い紙を見つけたのである、手紙だ。手に取り、四つ折りのそれを開いた。「やあ、デモン・イーブル」などという書き出しで、だからなんだかとても頭にきた。顔に、あるいは態度に出すほどの熱量ではないが。


 どうでもいい文章を斜め読みしたのち、最後の一文へと至った。


 こうあったのだ。


 僕たちは似た者同士だ。

 ただ、きみのほうがほんの少しだけ剣呑だ。

 また会おうよ、僕はきみの人生の最後でありたい。


 なんとも大げさな物言いだ、思い上がっているとも言える。


 ふざけるな。

 それを決めるのは誰でもない。わたしなんだよ。


 左肩の上にいるカラスのオミが、手紙を覗き込む。


「とても綺麗な字なんだ」


 いや、そんなことはどうだっていいんだが?


 また流れるようにして、西方へ流れてやろうと考える――。


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