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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
29.ヴィラン兄弟の凶暴アンソロジー
157/160

29-3.

*****


 タケシは死んだが、ユウジはなおもご存命だ。デモンは今夜も宿の一室で、ロッキングチェアを揺らしながら――うとうとしながら――イクミと時間をともにしている。


「死に追い込むことは難しくない。ただ、それをやるというのであれば、それは人非人の所業でしかないだろう?」

「そうでもないと思うがね」デモンは言う。「無知な連中は駆除してやればいい。奴らのためだ」

「それは乱暴な意見だと思う」

「やかましい」


 悲しいニンゲンがいるんだ。

 イクミのその物言いに、デモンは不思議がるようにして左へと首を傾げた。


「悲しいニンゲン?」

「妹を目の前で輪姦された、哀れな男の話だよ」


 妹を目の前で輪姦された。

 なかなかのパワーワードだなと思いつつ、先を紡ぐよう促した。


「で、そいつがどうしたんだ?」

「ヤッた連中に復讐しようとしている。それはわかる話なのだけれど、なにせ相手が悪い」

「だったら思いとどまればいい」

「そうもいかない――というわけだよ」

「だろうな」


 デモンは深く納得した。


「しかし、凌辱されるのはいつだって奪われる側だ。そんな弱者にリベンジができるのかね」

「わからない。ただ、興味深い話だとは思うんだよ」

「ふぅん。まあいいさ、出向いてやろう」

「御の字だよ」



*****


 「哀れな男」はユウジの手の内にあった。事務所の地下の穴倉にて、糞尿も垂れ流しのまま、なかば雑に飼われていたのである。暗闇、両手両足を縛られた状態にある奴さんはほんとうに匂う、臭い。――であるにもかかわら、横たわっている彼の顔面に顔を近づけたイクミである。ほんとうに、息をするのも嫌になるほどの悪臭に満ち満ち溢れた現場なのだが、イクミはまるで意に介さないようだ。イクミは「哀れな男」と会話――とまではいかない言葉をかわしている。はかなげに動くその口から何かを聞き取ろうとし、理解までをも示そうとしている。やがて立ち上がると身を翻し、デモンのほうへと向かってきた。「彼には復讐の機会が必要だ」と力強い判断を述べたのだった。



*****


 イクミは哀れな男――通称ネズミと行動を共にするのだという。二人はユウジを殺しに向かった。ユウジはユウジでまずはイクミを殺したがっていることだろう。そういう意味ではどちらからしても願ったり叶ったりに違いない。番狂わせはあるのか……何がとは言わないが、結果がそうであると面白い。


 イクミとネズミががんばるいっぽうで、デモンだって動く、行動する。あらかじめ打ち合わせたうえでの所定の行動だ。主人が不在のユウジの寝床を襲うことになっている。面倒事だと言えなくもないのだが、イクミは言い値を払ってくれるらしいから、やむなくやってやろうと考えるわけだ。


 事務所は地下にあり、そこに至るまでの通路――の壁際に三人ほどが座れる長椅子が設置されていて、その上にはなにやら文庫本を読んでいるらしい男がいた。だらりとした白装束に身を包んだえらくゴツい野郎だ、ゴリラでなければオークみたいだ。用事がないので前を通りすぎただけではあるものの、気にはなった。歩を進める。事務所へと続く戸のノブをひねる。開かない。鍵? がんがんがんがん戸を叩く。「お客さんだぞー」と大声を出しながら。そのうち、どやどやと男どもがこの地下へとやってきた。いずれも背広姿、五名、六名、七名。先頭の中年男性に肩を突き飛ばされた。心外だった。――が気に留めるようなことでもないので、「おまえらは誰で、ここになんの用だ?」と至極当然の疑問符を提示した。中年男性――紺色の背広の彼は刑事らしく、「怪しい動きはするな、しょっぴくぞっ」などと脅してきた。威嚇するにしたって相手を選べというものだが――。デモンは退き、場を譲った。開けろ開けろと戸を叩きまくる紺色スーツの刑事。特段返答を期待するでもなく、しかし「何があったのかね?」と訊ねた。なおも執拗に戸を叩きながら、刑事いわく「暴力沙汰、違法薬物の取引等、あめあられなんだよ。やっと上が重い腰を上げてくれたんだ。この機を逃してたまるかよ」とのことだった。なるほど。すなわち仕事熱心で、はりきっているというわけだ。だったら邪魔をする理由もないか。どうあれ連中がまとめてしょっぴかれるのであればそれでいい。金銭は得られないが面倒事は片付く。


 ――と、背後から近づいてくる気配に気づいた。振り向くと、くだんの彼――白装束の大男が迫ってきている最中だった。彼と正対したデモン。大男の両の(まなこ)はまるでデモンを見ていない。「この美女をさしおいて、ふざけるな」などと文句を言いたくもなったが、とりあえず道を譲った。大男は紺色スーツの刑事と向き合った、見下ろす。刑事は刑事で肝が据わっている。「なんだ、きさまぁっ!!」と勢いよく怒鳴った。次の瞬間のことだった。大男が右の拳でいきなりもいきなり、刑事の顎にアッパーカットを決めたのだ。刑事は天井に頭部からぶつかり、それからあっという間に地へと伏した。おっとこれはちょっとハンパない腕力ではないか、惚れ惚れする。大男は次に次にと他の警察関係者に襲いかかる。中には魔法まで使って抵抗する者もいたが、大男は問題とせず仕留めた。息一つ切らしていない。あたりがいよいよ血に染まったところで、デモンは「おい、おまえ」と声をかけた。刑事に馬乗りになり、その頬をぶん殴りつづけていた男であるわけだが、やがてゆらりと立ち上がった、振り返る。「誰だ? 女、おまえ」という声は低く野太く、かつどこか間抜けな響きを伴っていた。だいいち「誰だ?」とはご挨拶だ。見る目がないのかと罵りたくもなる。


「とはいえ誰かなんてどうだっていい。少々ゾクゾクさせられた。おまえはなかなかやるじゃないか」

「何が――?」

「ん?」

「何がなかなかなんだ?」

「それはおまえ、問答無用で警察官を殺してしまうあたりの精神性の話だよ」デモンは「ハッハッハ」と高らかに笑った。「さて、それではわたしの相手をしてもらおうかね。少しは楽しめるだろう」


 大男は訊いてもいないのに、「おではアーノルド」と名乗った。「女は標的にしない。だから殺さない」と続けた。


「仕事熱心なのはいいことだ」デモンは微笑んだ。「しかし、ここでわたしを殺さなければ面倒なことになるぞ」


 大男――アーノルドは不思議そうに首をかしげてみせた。


「どういうことなんだ?」

「決まってる」両手をそれぞれ左右に広げた、デモン。「見逃したら、おまえの雇い主らがまるっと死ぬことになる」


 アーノルドの表情がにわかに険しくなる。


「おでの敵になってもいいことないど」

「それでもわたしは敵になるんだよ」

「……わかった。殺す」

「ああ。とっととかかってこい」


 大男のくせに鈍重さはなく、石製の床を蹴ると一息に迫ってきた。振り下ろされる右の拳を左手を皿にして受け――まさか渾身の一撃を女の細腕に止められるとは考えていなかったのだろう、ぎょっと驚きの目を見せると、アーノルドはぴょんと退いた。勘のいい奴。あと一秒引くのが遅ければ、そこで勝負は決していた。


「ここは狭い」おもむろに、デモンは口を開いた。「表に出ないか? アーノルド殿」


 アーノルドは腰をぐっと下げて右足を引き、タックルの体勢。


「いいや、これでいいんだ。おまえは強いに違いないんだど、でもこの状況ならおでが勝つんだど」


 のろい言動の男ではあるのだが、状況の判断については正しいものがある。奴さん、もはや力の差は悟っている。それでも、限られたこの空間であれば、身体と勢いに任せて勝利することは可能かもしれないと踏んでいる。裏を返せば、現況こそが最後のチャンスだと知っている。


 デモンが右手を前に向けると、アーノルドは突進してきた。見えないそれは見えないところで発生し、斬撃となってアーノルドの身体を乱暴に繊細に切り刻む――が、なりふり構わず突っ込んでくる。頭を狙い、今度は左の手のひらから黄金色の矢を放ってやった。太い両腕で頭部をかばいつつなおも足を止めない。最接近。ずどんと右手を振り下ろしてきた、また左手で止める、左の一撃については右の手のひらで遮った。お互いの顔が近づく。互いの顔にそれぞれ息が届く位置で、デモンはにぃと邪に笑った。



*****


 イクミとは夜の居酒屋で落ち合った。キャッシュ・オン・デリバリー。おたがいに静かにしたままで、ビールジョッキが運ばれてきたところでそれを手にし乾杯、ぐびぐびとは飲まないイクミ、いっぽうのデモンは一息で空けるくらいの勢いで口にした。


「で、ヴィラン・ユウジは? 殺せたのかな、イクミ殿よ」

「まだなんだよ」

「は?」

「だから、まだなんだよ」


 仕損じた?

 まさか。

 イクミ・ガラハウに限ってそれはないだろう。


「そう。しくじったわけじゃないんだ」イクミは「ところで」と――話を変えるつもりらしい。案の定、「オミくんは今夜も食欲旺盛だね」などと微笑んだ。実際カラスのオミは皿に盛られたミックスナッツをしきりにつついている。賑やかな店内。誰もカラスの食事になど興味を示さない。


「対峙して、それからべつに命乞いをされたというわけでもないんだけれどね」至極静かな口調のイクミ。「だったらどうして殺さなかったと、きみなんかは言うんだろう」

「そのとおりだ」デモンは言う。「極論、殺せるときに殺さなければ、しっぺ返しを食う可能性だってある」

「叱責かな?」

「叱咤だよ」

「殺してこいと?」

「それが御身のためだと言える」


 顎に右手をやり、少し考える素振りを見せたのち、イクミは頷き、「なるほど」と納得がいったようだった。


「納得というのは重要だよ」デモンは口を利く。「ヒトの行動の理念を決めるにあたって、それに勝る要素はない」

「だろう?」得意げなイクミである。「話は変わるけど、僕の部屋で飲み直さないかい?」

「かまわんが」

「いいウイスキーとスパークリングワインを買っていこう。ツマミはジャーキーかな」

「安っぽい話だ」


 椅子から腰を上げ、出入口へと向かうイクミの背に、デモンは続いた。


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