29-2.
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問答無用で「ヴィラン会」というらしい。事務所とでも呼ぶべきか――彼らの詰め所にはゴツい男らが白地のTシャツに迷彩柄のズボン姿で居並んでいた。その中にあって、ひときわ目を引く黒いタンクトップにタイトな黒いズボン姿の引き締まった体躯の輩――。ああ、奴さんこそが「ヘッド」なのだろうとは嫌でも見当がついた。イクミが名を訊ねたところ、奴さんは「ヴィラン・ユウジ」と短く返してきた。威圧的なところがないものだからよけいに居心地が悪い。半グレに過ぎないことは確実なのだが、その器やスケールはもっと上だ。一般人の中にも逸材はいる。
仁義。ユウジが座る背後の白い壁には墨で書かれたそんなプレートが躍っている。勧められた席につきつつデモンは「仁義――まるでヤクザだな」とストレートに口を利いた。
「ヤクザは嫌だな」ユウジは細面の、整った顔面を醜く歪め、笑った。「問答無用で死体の処理を請け負ったほうがまだ金になる。どうだ、イクミさん、イーブルさんも死体になってみるか?」
いきなり挑戦的な物言いだ。
くつくつ笑うユウジにまともさを見ろというほうが無理だ。
「ヤクザじゃないんだな?」念押しするように、デモンは訊いた。
「ヤクザよりもずっと強いんだよ」とユウジは返してきた。
雰囲気から選択するしかないが、確かにそのとおりなのかもしれないと感じさせられた。
「だがなぁ、ヤクザを舐めないほうがいいぞ、ユウジくん」
「デカい声では言わねー――が、連中はクズなんだよ。つーか、なにがユウジくんだ。気安く呼んでんじゃねーぞ」
デモンは肩をすくめてみせた。
おどけてみせてやった。
「で、だ、なんだ、ヴィラン・ユウジ。わたしとイクミになんの用事なんだ?」
「手ぇ貸せつってんだよ。やれんだろ? 強いんだろ?」
「具体的には何を潰すんだ?」
「俺たちの絶対性にいちゃもんつけてくる連中だよ」
「ささやかな声を虐げてどうする?」
「うるせー馬鹿、黙れ馬鹿死ね馬鹿、協力すんのか? しねーのか? しねーってんなら今ここで殺すっきゃねーな」
先方のお仲間ども――周囲の男らが品なく笑った。
現状、連中ははどうだっていいのだが――。
「まあいいさ、当方、暇だからな。給与の話をしたい」
「馬鹿繰り返してんじゃねーよ」とユウジ。「協力すりゃマワさねーでやるっつってんだよ。わかれや、そのへん」
抵抗するのは簡単だ。言い返すだけならもっと簡単だ。でも、ここは話に乗ってやろうと思う。ヴィラン・ユウジの気概は、とりあえず、結構、面白いことでしかないのではないか。そんなふうに考えた。
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ユウジもタケシも保身に長けつつも攻めの姿勢は貫くらしい――否、そうでなくとも使えるものは使うか。ヴィラン兄弟――彼らはすなわち、自ららが世話になっているヤクザの事務所を襲えと仰せである。「べつにどうでもかまわないから、現時点で断ろうか?」と提案したくれたイクミであるが、「その必要はない」と応じた。事後処理――死体の扱いについてはヴィランが担ってくれるというのだから、殺してやればいいだけだ。名うての快楽殺人鬼とはデモン・イーブルのことである。
くだんの事務所への道中――。
「やらないのも選択肢の一つだよ。なのにやろうと言う」イクミがほざく。「よほどの戦闘狂であるみたいだね」
「おまえだって似たようなものだろう?」と指摘してやった。「殺し合いがしたくないならそうなるようにディレクションすればよかったはずだからな」
「手厳しいね」イクミは笑んだ。「だけどねデモン・イーブル、僕はこのままの勢いでもって殺してやるのは無理強いでしかないと思うんだよ」
なんとも回りくどい発言だ。
ゆえに、「なんのことだ?」と訊ねるしかなかった。
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約束したとおり事務所は襲った。ほとんどはイクミがやった。彼の戦闘能力に嘘偽りがないことを知った。イクミは強い。にしたって、否、だからこそ、おおもとのところで、お遊びでもヴィラン兄弟なんかの相手をしてやる必要なんてないと考える。イクミはヴィランに劣る? そんなわけはなく、だからまあ、今の時間は暇つぶしというだけだ、心身とも彼に委ねてやろう、それこそ、時間と心がゆるすかぎりは。
街角のオープンカフェにて。
空は高く、清々しく尖るように一心に青々としている。
「ちょっと良くなかったね。ヤクザごときの事務所を潰すのに三分もかかった」
「相手の戦力もわからないんだ。やれたほうだと、わたしなんかは思うがね」
「褒めてくれた?」クスクス笑うと、「ところで」とイクミは紡ぎ――。「ヴィラン兄弟はヤクザなんてダサいと思ってる」
「ああ、それは聞いたな」
「うん、確かにヤクザなんて、もう流行らない」
それはわからないが――デモンは首を縦に振った、惰性のリアクションだ。
「じつはそこらじゅうのヤクザからオファーをもらっているんだ」
「なんのオファーだ?」
「ヴィラン兄弟を殺してくれ――とね」静かな口調だった――。
わからない話ではない。連中が派手に立ち回るとヤクザは少なからずシノギを削られることになるだろう。ヤクザだったらもっとしゃんとしろという話だが、彼らはとにかくヴィラン兄弟が恐ろしいのだ。
「僕なんかは、なんでもかんでも力ずくなのは潔いし美しいと思うんだよね」
「それは奴さんらを見下ろすことができるがゆえの物言いだ」
「まあ、そうか……。暇さえあれば女は犯し、子どもや老人については呆気なく殺す。わかりやすいよね」
「“ダスト”なる概念を久しぶりに目の当たりにした思いがしているよ」
「そういえば、きみは“掃除人”だったね、しかも“超級”の」
デモンは「で、何がしたい?」と訊ねた。
「遊びは尊いよ」
「イクミよ、それは知っているんだ。これからどうするのかと訊いている」
「言ってみればヴィラン、彼らをきれいさっぱり消すことについてはどう思う?」
「喜ぶニンゲンも悲しむニンゲンもいる――というのがおおかたの予想であり、またそれは的中することだろう」
知り合いが二、三、殺された。いずれにおいてもひどい拷問の痕跡が見受けられた――と、イクミは言い。
「ヴィラン相手だとそういうこともあるだろう。それこそ、大した問題でもないだろう?」
「それはそのとおりさ。しかし、そんな相手に意趣返しをすることは快感を伴うに違いない」
「抜かせ。おまえと一緒にするな、わたしは――」
「あくまで掃除人だと?」イクミは小首をかしげてみせると、肩をすくめた。「そもそもダストとはなんなのか、なんであるのかな?」
デモンはただの一般的な論として、「それはヒトに仇なす存在だ」と応えた。
「ヒトを傷つけるヒトがダストである場合、その定義や扱いにおいて、大きな矛盾が生じるのではないかな?」
凡庸すぎる意見だから嘲笑してやるしかなかった。
「そこは空気を読めという話でしかないな。巨悪をなして悪を討てとも言う」
「おまえたちは『馬鹿だから』と?」
「違うのかね?」
妙な存在を感じ、上を向いた。
真っ黒に焦げたニンゲンが降ってきたのである。
デモンとイクミは立ち上がると、さっと後退した。
ほんとうに、やはり真っ黒焦げのニンゲンが、バウンドして目の前に叩きつけられたのだった。
デモンが「なんの騒ぎかね?」と問うとイクミは笑い、「宣戦布告なんだろう」と答えた。
今度の気配は後方。
――が、振り返るまでもない、なかば安堵を覚えるような殺意。
半笑いのままの表情のままデモンは前を向いたまま。
「そうまでしてぶち殺されたいのかね」
デモンは顔を醜く歪め皮肉に笑みつつ後ろを向いた。
ヴィランの弟氏ことヴィラン・タケシが二、三、仲間を引き連れ、のっしのっしと歩んでくるのである。
奇怪だな。
あるいは滑稽だ。
けしかけてこなければよかったのだ。
仲良くやれる余地もあっただろうに。
地を右足でタンッと蹴り、デモンは高い宙に居場所を移した。
見下ろす先――そこには両手を横に広げ、おどけるような態度のイクミがいる。
イクミは言った、「ニンゲン、わかりあえないことほど悲しいことはないんだよ?」――。
タケシは「兄貴はキレちまったんだよ、俺だってな」、両の拳をぱきぱき鳴らし――。
仲間とともに、イクミのことを囲い込むタケシ。
――が、ああ、不幸だな、無知だな無謀だな、やめておけばいいのに。
まず、取り巻きが突っ込んだ、彼らの身体はあっという間に発火し、あっという間に炭と化した、イクミに接近することすらかなわなかった、そう転ぶことは百も承知だったのだろう、彼らの死をおとりにタケシは突進、轟音のパンチを見舞う。当たりはしないがのっけの戦術としては正解――まあまあだ。近づけたのだから保身を良しとするだけの阿呆の行動ではない。やるなぁ、タケシ。おまえはかなりホンモノに近い――のかもしれないな。
デモンは腕組みをしたまま、喧嘩にも似た下々の争いを眺めている。
肌感覚でわかる。イクミを敵に回せるニンゲンは限られている。そんなの百も承知のタケシがいる。結局のところ、奴さんが望んでいるのはいかにもなスリルなのだろう。でなければ説明がつかない。兄たる会長、ヴィラン・ユウジですらそのへん、見誤っているのかもしれないな、ああ、そうだ、タケシはただ、男らしく、愚直に、腕っぷしを試し確かめたいだけなのだ。
ぶっ殺せればよかったのにな、タケシ。
弱々しいながらも敵うことができればよかったのにな。
でも、おまえがやられてしまったのは、おまえが始終、至らなかったからだよ。
ちょうど腰のあたりで上半身と下半身とを真っ二つにされたタケシは、今、地に伏している。
ヒトが死ぬ折にはなつ一言は少なからず興味深い。
そう考え、デモンは宙からタケシのすぐそばに下り立った。
腰から上だけのタケシは、大きく、不遜に笑った。
「見てろよ、見てろ、俺は次は、ぜってぇおまえらを殺すぜ……っ」
タケシはそこまで述べたところで笑って絶命、死にくさった。イクミの奴が脊髄の真ん中を板を割るようにして踏み抜いたからだ。
死の先には次などないのに「次は」と謳った。
途方もなくポジティブな男だとは言えまいか。