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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
29.ヴィラン兄弟の凶暴アンソロジー
155/160

29-1.

*****


 名うての美男、世にあまねく周知されるべき完全なる白髪の狼――イクミ・ガラハウと面会している。デモンはイクミのことを覚えていたし、だったらもう、だからこそもはや会うことなんてないのだろうとなかば判断していた――というのは嘘なのだが、すなわち、彼はわざわざ彼女の足取りをたどって追いかけてくれたのだという。まったくもって気を削がれる気色の悪い事象、自身と話が合う、あるいは自身に話を合わせられるニンゲンは少ないと断定し、実際問題、その要素はかなりの真実性を帯びている。


 デモンは今夜も宿の一室にてロッキングチェアの上で、わざわざ訪ねてきてくださったイクミに目をやる。硬い木製の、背もたれも硬い椅子の上にて、イクミは幾分俯けていた顔を上げると晴れやかに笑った、すんなりとあっさりと。ああ、ほんとうに気持ちが悪い気色が悪い。


「まあ、とりあえずは久しいな、イクミ」

「ああ、やっぱりそう来るんだね、デモン・イーブル、僕だってなんだかとても懐かしいし、嬉しいよ」

「いい声だ、惚れ惚れする。声だけで金を稼げるぞ。ババアどもが喜ぶに違いない。ピロートークだ」

「ババアども? に、用はないよ」

「ハッハッハ。で? いよいよ事を荒らげるのか?」

「多かれ少なかれ、遅かれ早かれ、そのつもりだよ。愚鈍な猿どもは教育してやらないとね」


 イクミはにこりと一つ優雅に笑んで――。


「かつて僕の『仲良し』だったギアニー・ヴァロは悲運の死ではない、鮮やかに命を散らした。尊敬すべき最期だった。そうあることは必然と言えたのだけれど、まあ、それはどうでもいいとして。とにかくギアニー氏は死んだ、亡くなった。イーブル、きみのおかげで『スペシャルズ』は空中分解の状態だ。誰かが導いてやらないといけないから、僕がなんとなく相手をしてやってる。どうかな? 不憫な話だと思うのだけれど?」

「おまえの態度は不遜すぎる。ゆえに、取るに足らん」

「そう? しかし、さて、どうかな」



*****


 そこらに住まうニンゲンどもの視線など気にせず――よくわからないのだが――デモンは今、イクミとまるで恋人のように仲良く手をつなぎ、街歩きをしている。ほんとうによくわからない状況なのだが、たまには男とじゃれ合ってやってもいいかと考えるのも事実、本音ではある。二人とも軽装だ。今日は魂のよりどころたるカタナすらも置いてきた。よっぽどのことがないかぎり敵さんらは大したものではないのだから、それはそれでいいのだと簡単に断じている。


 なおも左の手のひら、絡ませ合っている指らにほのかな熱を感じながら――。


「これからヴィランと会うんだ、まずはヴィラン・タケシ。僕はこっそり、楽しみにしているんだよ」

「ヴィラン? タケシ?」デモンはにわかに眉を寄せ。「力強いくせに物騒な名だ。そんなそいつの職業はなんだ?」

「体が資本の半グレだね。悪いことならなんでもする。飼い主もさぞ手を焼いていることだろうと思う」


 やはり危なっかしい、あるいは剣呑さはすべての悪に言える美徳かもしれないが。

 その旨だけ謳い、主張し、デモンはイクミとの同席を良しとする。



*****


 金色の短髪にぎょろぎょろ動くグリーンアイ――ヴィラン・タケシの筋肉過多の上半身はエグいほどの逆三角形。白いTシャツから覗く丸太の両腕には大胆な大蛇のタトゥーがある。女を抱く際には暴力の権化と化すことだろう。顔つきだって危うい。実際、剣呑な野郎に違いないのだ。危なっかしいオトコは大好きなのだが、こいつにかぎっては何か違う。仲良くしようという気にはなれない。ただただ只者ではないことだけが窺い知れる――というわけだ。交渉事を得意とする人物には見えない。痛めつけることには慣れているいっぽうで話し合いには向かない――そんなふうに思わされる。これまで出会ったニンゲンの中ではかなりヤバい部類だ。タケシはたぶん、誰にも降参しない。そんな空気をまとっている。立場においては上のニンゲンがいるに違いないのだが、そいつらのそっ首を雁首揃えて刈ってやるアナーキーさを秘めているように映る。要は自分本位で自分勝手なのだ。断言してしまえばわがままなのだ。


 ――居酒屋。二対二で向き合う席にあって、デモンは隣のイクミ・ガラハウとともにヴィラン・タケシと向き合っている。タケシの左隣には卑屈そうに顔を歪めるメガネの男。部下だとの話だが彼は何もしゃべらない――ゆえに不気味ではある。それだけのことではあるが――。


「イクミさん、俺はねぇ」――タケシがふざけた調子で口を利く。「俺はね、金が欲しいだけなんですよ、って、ああ、ナメられんのもたいがい嫌いなんで殺しもタタキもやりますよ。そのへん、ねぇ、きっちりわかってんでしょう?」

「それほどまでに極端な思想の持ち主が僕に興味を持ってくれたことについては感謝の念にたえないな」とはイクミの言葉。


 タケシがちらとデモンのほうに目をくれた。


「イクミさん、そっちの女、俺にくれませんかね。調教しまくって言うこと聞かせてやる」


 いいセリフだ、いいセリフ――ゾクゾクする。その旨きっちり伝えてやって殺し合いを持ちかけたかったのだが、面倒なことにイクミが間に割って入った。


「きみはねタケシ、僕の言うことだけに耳を傾けていればいいんだよ。そうでなきゃ――」

「殺しちゃうよ、と?」

「話が早くて助かるよ」

「会長に会ってくださいよ」

「会長? 『ヴィラン会』の、きみの上司に?」

「はい。そいつは会長です。俺の兄貴なんですが?」


 タケシは「お願いですよ、いけませんか?」と仰々しく頭を下げてみせ――。


「ウチのシノギにケチつけるニンゲンに会いたがってる――とでも言えば、それなりの理由になりませんか?」

「僕は来たばかりのニンゲンで、この街における組織同士のパワーバランスに注文をつけているわけではないよ」

「断られますか?」

「そうだね。そもそもヤクザは嫌いだから、怖いしね」

「ヤクザじゃありませんよ、俺たちは」

「それと同等か、それより著しく根性がひん曲がっているだろう?」

「わかりました。会長にそう伝えます」



*****


 どうにも反社と関わることが多い。

 デモンは自身の昨今について、そんなふうな感想を、イクミ・ガラハウに対して述べた。



*****


 厳密に言うと「ヴィラン」なる記号は馬鹿ではなく愚かでもなく、だから自身の組織を運営し、あちこちの自由に災いをもたらしているわけだ。ただ、界隈を縄張りとする言わば暴力団といたずらに揉めるつもりはないらしく、だからここいら一帯は自然的な平和を謳歌し、なんとなくではあるものの幸せな運営を図っているわけだ。



*****


 ヴィランの、言ってみればスポンサーは、ヤエダというヤクザらしい。組においてもそれなりの地位にあるというのが、調査した結果としてのもっぱらの噂だ。ヴィランは金を稼ぐのがことさらうまく、そのおかげでヴィランの親たるヤエダ本家への貢献度はトップを維持しっぱなしなのだという。邪な連中のくせに、まったくよくやる。彼らは特殊な存在だ。だって世の中、金銭がすべてではないだろう? そんなふうに思うのだが、まあいったい、実際のところは、どうなのだろうか。



*****


 ホテルの一室に二人きり、しかし間違ってもイクミとは寝ないし寝ていない。

 今夜はそれぞれ硬い木造りの椅子に座り、ただ向き合っている。


「二人のヴィランは金の亡者だが、そういった性質とはべつにだイクミ、おまえは奴を殺したがっているんだろう?」

「そうでもないよ」平然とイクミは答え。「彼らを殺したところで現状、僕にはあまり旨味がない」

「そうかね」デモンは疑問を口にする。「調べてみてわかった。裏社会においてヴィランの剛腕は絶対的だ。ヤクザすらビビッている。ゆえに奴らを、すなわち組織の双頭を潰してやれば、事はいったん収まるように思うがな」


 イクミはクスクス笑った。

 クスクス、クスクスと。


「『ヴィラン会』の長、ヴィランの長男坊なのだけれど」

「ああ。一族経営の半グレとはな」

「ヴィランには逆らうな……この街における合言葉なんだよ」

「そう言われると余計に向こうに回したくなる」

「同感だね」


 ドアをノックする音――質素な宿のこの一室の戸が乱暴に叩かれた。肩をすくめ、やれやれといった具合で対応したのはイクミ・ガラハウ。ドアの向こうにはいわゆるヴィラン弟――短い金髪に腕も太ももも太い輩が立っていた。


「いいかげん、出向いていただけませんかねぇ」ヴィランのタケシがしびれを切らすように言った。「ウチの会長だって、そこまで気が長いわけじゃないんですよ」

「僕たちが、言ってみれば出頭したとして、きみたちはどうするつもりなのかな?」軽口を叩くように、イクミ。「きみたちが求めているのはきっとドラスティックでダークなカオスなんだろうけれど、それに付き合ってやる義理は、僕にはないな。利他的ではなく利己的であり、功利主義者でもある。そのへんの意味は? つまるところの知恵足らずなきみに僕は(かい)せるのかな?」

「グダグダうるせーよ。難しい話は知らねーよ」突然、タメ口で怖い言の葉を発したタケシである。「黙ってついてこいよ、イクミさんに馬鹿女ぁ。男はソッコーぶち殺して、女は犯しまくったあとで殺してやる」


 率直すぎて素敵すぎるセリフだ。

 くどいくらいに下品極まりない態度だが、そこに面白味くらいは感じる。


「また会長が会ってやろうって言ってんだよ。わかんねーか? しつこくさせんなよ」

「わかるし、納得したよ」軽快な調子で、イクミは答えた。「物理的にも論理的にも武装はしない。まずは会ってみよう。とっとと案内してもらいたいね、ヴィランの弟氏(おとうとうじ)


 横柄な口を利かれたにもかかわらず、ヴィラン・タケシは苛立たしげな表情は浮かべなかった。面白くはないのだろうが、実利を取ることを良しとする脳みそくらいは有しているのだろう。


「結局ですよ、イクミさん、ウチの組織ですけど、あんたはこっちになびくしかないと思いますよ」

「そのへんは僕が自分で決めると言っているつもりなんだけどね」イクミはまるで臆していない。「戦うのは簡単だよ、タケシ、きみの武勇伝はあちこちで耳にしているけれど、それがフロックではないことを祈ろう」

「煙に巻こうとしてんじゃねーよ。言ってろ、クソが」


 かくして、デモンらはヴィランのアジトへと出向くことになったのである。


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